良いのかどうかわかりませんが・・・

自分は何かと「人見知り」を口実に使って、話のネタにしています。

 

自分の仕事において「人見知り」というのは便利な言葉です。

実際自分は人見知りだと思いますが、一方でこれまでの経験から幾分かは他者との関わりもそれなりにできるようになりました。そんなところから自分のことを「社交的な人見知り」と評することもよくあります。

 

相談の仕事をする中で、初対面の人と会うのは日常茶飯事です。

初対面であってもそれが業務上の関係者に当たる場合は卒なく対応することがほとんどですが、自分の場合は「支援対象者」もいます。当然ながらこれから支援を受けようとする人にとってみれば「どんな人がやって来るのか」という不安はあると思います。

 

ですので、最初から話が進まないことはよくあります。

そんな時に自分も話の折を見ながら「自分も人見知りなんですよ」と切り出し、そんな中でベラベラ話す自分に対して「人見知りに見えないですよね」と相手に振る自分。自分が人見知りであることを口実に話や会話のハードルを下げげることで、会話の中での意図的なアイスブレイクをしています。

 

自分で言うのも何ですが・・・もはやこの仕事が「長年」になった自分。

面談などを進める中で、ただ単に話を聞いたり進めるだけではうまく行きにくいことを実体験的に感じてきた自分は、いつしか本題から切り出すことをやめていました。インテークで話を聞く時も、いきなり本題から話すことはほとんどありません。相談を受ける人の住んでいる場所を確認した時に、それを元に雑談からスタートし、何となく場の空気を柔らかくしてから自分が何者かを話し、その後に初めて本題に進む・・・と言うのが自分の進め方になっていました。

 

その中で「人見知り」と言う言葉も使いながら、場づくりをする自分。

実際に人見知りではあるのですが、仕事となればそれなりのスイッチが入る自分。だからこそできることなのかもしれません。当然ながら支援関係になった方と関係が構築されてくると、自分が人見知りであることに対し「ウソでしょ🧐」なんて言われることはよくある話です。

 

ただ自分も自分のことを「人見知り」と言うのが楽なんですよね。

例えば研修で演習指導者として参加した時に進行がうまく行かなかったとしても、最初に「人見知り」と断っていることで自分の心理的ハードルも下がるんですよね。うまく行かなかった時も「人見知り」だったこということを自分に対しての言い訳にもなるんですよね。そういった意味では自分が人見知りであったのは良かったのかもしれません。

 

あ、多分このブログを読んでいる人の中でも「人見知り?」と思う人がいるでしょう。

自分は間違えなく、正真正銘の人見知りです。さっきも触れた通り「社交的な人見知り」です。目的のあることや役割のあることに対してはそこまで人見知りが発動することはありませんが、これが知らない人ばっかりの懇親会の会場に放り込まれた日には・・・会場の隅っこでじっとしていることがほとんどです。こう言う場で自分から話に行くこと、できないんですよね。誰かが繋ぎ役になってくれると大丈夫なのですが、そうでないところでは無理です。

 

もちろん知っている人の間では、その場のノリに合わせることもできます。

でもいなくなったら・・・退散、人見知り発動です。だから自分のことを「社交的な人見知り」と評しています。特に異性に対しては・・・いや、異性に対しては「人見知り」どころか「苦手」と言った方が正しいですね。合コンなんて・・・ありえません。そう言う場では「人見知り」以上に人見知り状態と言った方が正しいでしょう。全ては「仕事」というスイッチが入らないと、自分の人見知りは簡単に発動しているのでしょうね。

 

人見知り・社交的でよかったこと

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