今巷で噂の「チャッピー」
何かあればチャッピーなんて・・・と思うのですが、誰がどう使うかによって、その効果は薬にもなり毒にもなります。
月末、色々と事務仕事も増えます。
例えば自分がやっているのは、利用者の通所・利用状況の記録を残すための「サービス提供記録表」を印刷します。これは利用者さんに支援を実施したことの根拠になる書類で、日々の支援記録とは別に必ず記録しなければいけません。そのため月末になると翌月分の記録表の印刷をしています。
ただ・・・これ、面倒なんですよね。
1人1枚用意するので、単純に人数分出すのであれば大したことありません。ただ、1人1人の名前を書く必要があり、それが面倒なんですよね。手書きは疲れるし、わざわざ1人ずつの書類ファイルを作るのは印刷で面倒。かと言って印刷のたびに利用者さんの名前を入力して印刷するのも結構な手間です。
この仕事、何とかならないのかな・・・とずっと思っていました。
ネットで色々と策を探してみましたが、なかなか見つかりませんでした。そこで、巷で噂のチャッピーに相談してみました。
結果、面倒な作業が簡単に終わりました。
今まで10分から15分程度かかっていた作業が、チャッピーのおかげで5分もかからず終了。本当にあっという間で、今までの時間が何だったんだろうか・・・と思いました。
もちろんチャッピーが作ったわけではありません。
チャッピーには自分が「やりたいこと」を指示し、それに合わせてチャッピーがVBAを作ってくれるので、それを微調整しながら目的の形にし、完成したVBAを埋め込んで作業の簡略化を図ったわけです。
チャッピーが出始めた頃、自分は全く相手にしていませんでした。
チャッピーがリリースされた時、精神保健福祉士のことについてチャッピーに聞いてみました。その中で、精神保健福祉士の根拠法(何の法律に基づいて資格が位置付けられているか)について尋ねたところ、当時のチャッピーは「精神保健福祉法」と答えました。
正しいのは「精神保健福祉士法」で、明らかに間違えであることはすぐわかりました。
そんな当たり前の回答が出せないチャッピーは自分の中で「当てにならないもの」と認識しており、しばらくの間は全く相手にしていませんでした。
しかしAIも学習を重ね、正しい答えを出せるようにもなってきました。
一方でその回答の正しさに疑義がある部分もあり、今でも完全に当てにはしておらず、あくまで一次情報を得るための手段として利用し、その先は自分自身でちゃんと調べて自分自身が信頼できるものを見つけて確認するようにしています。
一方で今回のVBA作成という点では、非常に高い能力を発揮しています。
事実、そのおかげで仕事がかなり楽になりましたし、これを元に来月以降も楽に書類作成ができます。自分でもこういう使い方で有効性を実感したので、もっと複雑なことについてチャッピーに聞いて、そのためのVBAを作りたいと思っています。
チャッピー・・・改め、生成AIは、正しく使えばとても有効だと思います。
自分の例でも分かる通り、やりたい目的がはっきりしていて、それが価値判断の必要ないもの、ある種「機会的」に進めることで問題のないことについては活用の仕方次第で仕事の効率化も図ることができ、生産性の向上につながると思います。
他方、使い方を間違えると大変なことになります。
根拠や事実がはっきりしていないもの、自分で確認できないもの・確認していないものに対して、AIの出したものを鵜呑みにして話を進めたり、場合によっては拡散することで誤った情報が一人歩きして取り返しのつかないことになることもあります。それ故、AIの情報を全面的に受け入れてしまう姿勢は大変危険なものであると思います。
またAIの出す答えの「理屈」は正しくても、必ずしも理屈通りで進まないこともあります。
今回話題になったことは、確かに理屈としては正しくても、理屈が正しいから間違えではないと言い切れない部分もあるのではないかと思います。AIに聞いて「児童相談所に相談できます」という答えは間違えないと思います。で、児童相談所に相談することも間違えではないと思います。ただその先が機会的に物事が進むことで、相談した本人も思わぬ方向に進むことがあり、今回はまさにその状態になったのではないかと思います。
全体の結果としては、理屈では間違えではないと思います。
が、あくまでそれは「理屈」であり、そこに「理屈だけでは見えないもの」があることも忘れてはいけないように感じます。自分が仕事としているソーシャルワークも、理屈通りに進めれば問題が解決するわけではありません。そこには「人の心」や「思い・気持ち」があり、それらを全面的に無視することはできません。理屈では必要なことも、その裏にあるものをしっかりと受け止め、その上で「理屈ではこうだけど・・・」を踏まえながら状況に合わせた対応をすることが必要です。最短距離で行くことが必ずしも正解ではなく、回り道してたどり着いた方が正解だったこともあります。それ故、理屈が全てではありません。
誤解しないでいただきたいのは、今回の話題がおかしい、というものではありません。
全ての対応は、おそらくその時点では可能な限りの「最善」を尽くした結果だと思います。ですのでその結果に対して何かというわけではありません。ただその過程で存在が明らかになった「生成AI」という物に対して、もっと考えていくべき物ではないかと感じています。もしこれが生成AIではなく生身の人間だったら、もしかしたら全体の結果は違ったかもしれない・・・そんなことを感じずにいられません。そんな風に感じるのは、自分が「ソーシャルワーカー」という仕事を生業にしているからこそ思う部分なのかもしれません。