相談支援をしていると、色々と感じることがあります。

うまくいくことがあれば、そうではない時もあります。むしろうまくいかないことの方が多いと思います。

 

今日はモニタリングで訪問活動。

計画相談支援は基本的にご本人主体の計画作成ですが、時としてそれを支えるご家族の支援も必要です。今日はそんなご家族支援としてのモニタリングをしてきました。

 

ご本人にお話を聞くのと同様、ご家族にもお話を聞きます。

今回の場合はご家族・・・ご両親の「困り感」について特に重視してお話を聞いていました。ただお父様とお母様の困り感はだいぶ違う様子をひしひしと感じています。

 

元々この方の計画相談はお母様からの依頼で開始。

そもそそ「計画相談」そのものがわからず、その説明からスタートする形に。個人的には色々と考える部分がありました、ご本人とお母様を見ていて強く感じたのは、お母様の負担感。ご本人は何も困っていない様子ですが、それを支えるお母様は多大な負担感を持っており、これはなんとかしなければとの思いで支援が始まりました。

 

その間、新たな支援を導入してお母様の負担感解消にも努めました。

必要に応じて主治医連絡も行い、状況の改善に努めてきました。そのおかげで、今日のモニタリングでもお母様から「新たな支援が良かった」との話も聞けました。

 

しかしそれで負担感がなくなったかといえば、そうではない状態。

依然としてご本人に対する支援の負担感は持っており、それが家族関係に起因しているものであるのでなかなか支援が難しい状態。その負担感をお父様も共有していればまだ良いのですが・・・そうではないのが問題の1つ。

 

ご両親ともに共通の負担感や困り感があれば、話しやすい部分があります。

しかし一方が負担感・困り感を持っているのにもう一方は持っていないと、負担感・困り感の認識一致ができず、片やすごく大変なのに片や大変さの認識がもてず足並みが揃えられない状態になります。それが共有できないと、共に歩めない状態に。

 

実際にお母様とお父様それぞれから話を聞いていても、その雰囲気を如実に感じました。

お母様としてはご本人の支援をなんとかしたい思いがあるのに、お父様は「本人次第」と意識が違う状態。決定的なのはお母様がお父様に意見を求めたことに対しお父様は「わからない」の一言。これじゃお母様の負担は解消できません。

 

もちろんお母様・お父様それぞれのパーソナリティもあると思います。

ただ根本にはご家族としての意思統一がされていない部分もあり、ご本人に対してご両親が足並み揃った対応ができない状態があります。そこに自分がズバッと言えれば良いのですが、関係性を考えるとそうはいかない現実もあります。結果、お母様だけが抱えてしまう状態に。

 

何も考えなくて良いのであれば、荒療治に出ることも1つだと思います。

お母様の時間が全くないので、この際お母様が家を出て一人暮らし。ご本人とお父様2人で生活をすれば、お父様もお母様の負担感を理解できるのではないかと思いますが・・・実際そんな提案、できないですよね。立場がなければ、そんなことを言ってしまいたいです。

 

同じく、お父様に「そんなんじゃダメですよ!」と言いたい部分もあります。

でもやっぱり・・・立場がある以上、簡単にそうは言えません。逆を言えば、そこまでの関係性ができていないと言うこと。でもその関係を構築するのはなかなか大変なことです。ある種家族以上の関係性がないと、そこまで言うのは難しいですよね。

 

そして・・・やはり計画相談支援の基本はご本人。

どんな状態であっても、ご本人なしに計画は成り立ちません。いかにご本人にも理解してらいながら進めていくことが必要です。時には厳しいことを言う必要もあるかもしれまんが、その中でご本人の変容を目指せるか。それに向けて自分もアプローチをしていますが、まだ結果は出ていません。

 

ここが対人援助の難しさですね。

モノ相手であれば故障している部品を取り替えたり不具合を調整すれば終わるかもしれません。でも自分が相手にしているの「人の心」なので、機械のようにできるものではありません。教科書通りにいかないことがほとんどで、常に試行錯誤しながらやっていくしかありません。

 

正直、簡単な仕事じゃありません。大変な仕事です。

でも自分がそれを仕事として選んだ以上は、それに向き合っていく必要があります。もちろんいつもそんなことを考えていたら体が持ちませんので、ちゃんとリフレッシュすることも必要。こうやって支援の実際を話すことも、自分の中でのコーピングの1つだと思います。当然ながら個人が特定されるような形は倫理上問題があるのでその辺は配慮しつつも、相談支援の仕事をこうやって話し伝えることが自分にとっての気分転換にしていると思います。

 

もちろんここで書いたからと言って、問題は解決しません。

ただ自分自身も問題整理のきっかけになるので、自分にとっては必要な作業だと思います。で、後で見返したときに「これ、何のことだっけ?」と思うこともあるのですが・・・それくらいになっていると良いのかもしれませんね。