ここ最近・・・というか、今の職場で仕事をして感じること。

利用者さんに「今の自分」をいかにして理解してもらえるかということ。

 

このような言い方をしてしまうのは偏見かもしれませんが・・・

「できるときの自分」をわかっている人と、そうでない人では、そうでない人の方がある意味楽観的であります。そのため、わかっている人だと「できる自分」と「今の自分」の理解に乖離が起きていることすら理解できないこともあります。

 

そういう自分も、乖離を経験しています。

休職して復職して、自分の思い通りのパフォーマンスができない。いつしかそれが苦痛になり、適応できない状態となって、仕事を辞める結果に。まぁそれはそれで、十分な休養を得て社会復帰出来たので、結果的には良かったのかもしれません。

 

形はどうであれ、自分みたいに帰結すればいいと思います。

でも実際にそこまでいけるのはかなり大変なことで、言い方1つも考えなければいけません。「できていない」という言葉ですべてが片付けばいいのですが、プライドを持っている人にその言葉は・・・なかなか投げかけられません。

 

いや、理解はしているのだと思います。

利用者さんと面接するときに「最高が10、最低が1だと、どのあたり?」なんてことを言って自己認識の確認をすることがあります。ある利用者さんも、「一番(物事が)できていた時が10だとすると、今はいくつぐらい?」と聞くと、低い値を答えます。だから、できていないことはわかっているんです。

 

ただ実際に行動をしてみると、できているときの自分で行動しています。

傍から見ると「ちょっとできていないよなぁ・・・」と感じて対応をするのですが、利用者さんは頑張ってしまう。今のできない状態を受け止め切れていない状態なんですよね。

 

で、自覚がないとこれはこれでまた大変で・・・

今まで色々と抑圧されていた状態が解放され、それで事が済んだと感じてしまう利用者さん。でもそんなことないんですよ。今は一時的にハッピーな状態かもしれませんが、でも虐待の状態は続いている。それをご本人に伝えても、ご本人にはその認識がないんですよね。

 

障害者虐待の場合、虐待されている本人の「自覚」は問いません。

虐待をしている側の自覚も問いません。なので実態として虐待の状態であれば、本人はどうであれば「虐待」なんです。でもそれを理解してもらえないと、支援が先に進まないんです。

 

いかに今の状態を理解してもらえるか。

物事的には一言で解決してしまうかもしれませんが、実際はそういうわけにはいきません。支援は一方的に行えるものではなく、ある程度の相互認識がないと進みません。そういう中で「難しい支援」というのが出てくるのだと思います。現実を理解してもらうのって、言葉以上に難しいですね。