今日は定期通院日。言い換えれば、弱い自分を出せる日。
普段話せないことや思っていること、感じていることも、先生の前では話せます。別に先生が答えを出してくれるわけではないのですが、それ以上に自分にとっては「話せる場」があることの方が重要なのだと思います。
普段は利用者さんの話を聞いたり、相談に対応するのが仕事。
仕事の中であったことを同僚同士で話せればそれが一番なのかもしれませんが・・・いつも言っているように、管理職以外はすべて女性。最近同年代の男性職員も入ったけど、立場は全く違うので話せるという関係ではありません。なので、何かあっても話せる環境とはいいがたいのも事実です。むしろ、いろんな愚痴を聞く立場でもある自分。自分の掃き出し口は、ありませんね。まぁここで吐き出している部分もありますけどね。
病気に関していえば、薬を飲むことが一番だと思います。
先生に話をするのは、全体の中でいえば「おまけ」みたいなもの。でも症状がよくなるにつれ、おまけの部分の方が大きくなっています。今では治療1割、おまけ9割ぐらいだと思います。でも、おまけ9割も自分にとっては大事な治療の1つなのでしょう。そのことは先生も承知だから、自分の話を聞いてくれるのでしょう。当然ですが、話を聞けば「精神療法」として報酬も付きますしね。(ちょっと下世話な話ですが。)
まぁ通院も長くなってきました。もう何年目か・・・あ、今年が10年目でした。
自分の中で最初に考えた「診断がつくまで時間がかかったのだから、治療も同じくらいの時間がかかる」ことを当てはめれば、まだ半分も経っていないですね。このことは一部の利用者さんにも話していること。自分の診断がついたのが25歳のときですから、回復するのに25年かかると思っていた方が、ある意味楽ですからね。早く治そうと思わなくてもいいのですから。もちろんすぐに治る人もいますけどね。
そんな通院の中から、色々と仕事に絡めながら考えることもあります。
今日考えたのは「アドヒアランス」。簡単に言えば、治療に対して主体的に取り組む姿勢。厳密な意味はもっとあるのですが、ここでは割愛します。関心のある方は「コンプライアンス」と一緒に検索をしてみてください。
その「アドヒアランス」ですが、突き詰めて考えるといろんなものが構成要素になると思います。
自分の病気のことを理解していることや、そのために何をすればよいのか、この辺は基本です。そこに周囲の理解やサポート、制度の利用などもあります。で、一番重要なのが実は「先生との相性」だったりするのでは。
「相性」って、今の医療においては非科学的な考え方。
近年の治療は「根拠に基づいた医療(EBM=Evidence-based medicine)」よって提供されるのが一般的(だと思うの)であり、事実・根拠に基づかないものは排除するようにしていると思います。ですから「先生との相性」というのは、ある意味EBMとは反するものになるかもしれません。
しかし治療を継続して行うためには、先生との信頼関係の構築は必要なもの。
ラポール(信頼関係)の形成は、絶対的なものであります。医療の世界では「治療同盟」とも言われるみたいですね。信頼関係がなければどんなにいい薬を使っても、「飲まない」や「怠薬」(ノンコンプライアンス)という結果になることもあると思いますし、信頼関係が薄まれば継続した治療が滞ることになります。逆に信頼関係が構築されてる、強固なものであれば患者側の主体的な治療参加につながります。怠薬することなく長く薬を飲み続ける、体調維持のための定期的な通院ということになると思います。
このことが、実は「先生との相性」なのかな、と思います。
「あの先生は話を聞いてくれる」や「自分に合う薬を出してくれる」など、一見本人だけの都合のように見えることでも、突き詰めていくとそこには「信頼関係」が構築されていると思います。結果的に「治療者との円滑な関係」であって、ある種これはエビデンス以前のことでないかとも考えられます。まぁこれを広くとらえてエビデンスというのも、1つなのかもしれません。
・・・なんてことを、通院後の車の中で考えることがあります。
時には待合室の中で他の患者さんの様子を観察しながら考えたり思ったりすることがあり、それを自分の仕事に当てはめてみることも結構あります。本来は自分の治療のために通院している病院、でも実はその中から仕事に関係することを考えるきっかけになっていたりもします。