今日のブログを書こうと思ったときに、トップページの「パニック障害」にひかれました。

中身を見てみると、中野浩一さんの奥様もパニック障害であることを書かれていました。


かく言う自分も、パニック障害の1人です。

パニック障害の治療を始めて10年となり、この病気とも長いお付き合いになりました。まさか自分がパニック障害であるとは、夢にも思っていませんでしたからね。


たまにはまじめな話をするのもいいかな。

自分がパニック障害になったのは、9歳の時。自分でも9歳が発症年齢だとは思っていませんでした。自分が9歳の時、まだパニック障害という病名すらも認知されておらず、当時は発見できなかったと言っても不思議ではなかったでしょうね。おそらくその時に疑った病気は、てんかん。でも、てんかんではなかったんですよね。神経質な性格、というのもあったのかもしれません。その後も何度か症状らしいのはあったけど、結果的には否定されて、時には「もっと気をしっかり持ちなさい」と言われることも。でも決定的な出来事が起きたのが、10年前のことです。


小学生の時に倒れたのは、人体解剖のイメージがわいたから。

時々そんな症状もあって意識消失をしたけど、そろそろ大丈夫かなと思ったのは、10年前。その時は既に社会人になっており、仕事をする中で「作業療法士」としての仕事に興味や関心をもったときのこと。専門学校で様々な資格の勉強をしたときに作業療法士の資格を知り、また自分が実習でも作業療法士の方からいろんなことを教わったことがきかっけで、作業療法士を目指すことに。専門学校の試験にも合格し、通うことに。授業が開始して3日目の時のこと。生理学の授業で人体解剖のVTRを見ることに。最初は目にしたけどしばらく経って「ちょっとやばいなぁ・・・」と思い、VTRから目をそらすことに。見ないで下を向いていた時のこと・・・気が付いたら、椅子からずり落ちていた自分。周りは「どうしたの?」という感じで、自分では何が起きたのか全く記憶のない状態。でもその状況は、小学生の時に倒れた状況と全く同じ状況でした。横に座っていた友達に自分の状態を聞いたとき、痙攣していてバタンと後ろに倒れたとのこと。


違う違うとは思っていましたが、この状況で自分は「てんかん」を疑いました。

てんかんの1つの症状、強直間代発作が起きたものだと考えました。その後病院に行き、脳波所見は見られないけどてんかんを疑う、との診断がされました。まだ入学式すらもしてない中での診断に、覚悟はしていたもののかなりつらい診断でした。正直、涙が止まらなかったです。


しかし母親は、この診断に納得していませんでした。

一番の点は、脳波所見がないこと。たしかに脳波所見がなければてんかんを診断することは難しいです。一方で「波をつかめないものもある」との説明も受け、自分の場合は特殊なんだろうな・・・と決めていました。ただ、母親は「ちゃんと専門の病院で」と考えており、母親としては珍しくインターネットでてんかんを診察する病院を探していました。普段こんなことをしない母親がネットで情報を集めるくらいですから、母親も必死だったのでしょうね。


そうして母親が見つけた病院に、夏休みに行くことに。

そこで指摘されたのが、てんかんではない、ということ。もちろん脳波検査をして、所見が見られず、てんかんではない、と診断。じゃ今までの意識消失はなんだったのか・・・状況として説明できるのが、パニック発作。意識消失した状況はすべて「人体解剖」に関する話題で消失していること、てんかんの脳波所見が見られないこと、問診を総合して判断した結果、パニック障害ではないかということ。


こうして今の病院で、パニック障害の治療をしております。

もちろんすぐにパニック障害であることを受け入れることはできませんでした。仕事をするのも大変でしたし、作業療法士の学校は退学しました。1年間仕事ができなかったときもありました。でも時間をかけながら、ゆっくりとできることから挑戦し、ようやく今現在の状態に。もちろん今でも解剖の話題が上がるときは、不安が強くなります。大きな発作にまでは至っていませんが、年に1回ぐらいはかなり強い発作に襲われるときもあります。以前は前触れなく起きることが多かったですが、最近は前兆情報があって、そこから不安が強くなって発作の状態になることがあります。振り切れればそのままですが、不安が強い時は頓服で薬を飲むこともあります。もちろん、1日4回の定時の薬は必ず飲んでいますが、それでも以前に比べれば薬は少なくなりました。治療を始めた時は眠ることもできなかったので睡眠導入剤を飲んでいましたが、今ではその必要もなく、パニックを押さえるための薬と抗不安剤の服薬で、体調を維持しています。


こんなに長く病気に付き合うとは、思っていませんでしたね。

でも自分の中では、確定診断が遅かったのだから、治療も同じぐらいの月日がかかるもの、と思っています。そう考えると、10年なんてまだ半分も言っていない時間、本当の回復を目指すなら、まだ10年以上はかかるものと思っています。ただ一方で、病気になったからわかったこともたくさんあります。例えば「障害の受容」ということ、病気になる前は簡単に障害を受け入れることの辛さというのを話していたと思います。しかし実際に自分が病気になり、その中で社会生活に支障を来したり、あるいは社会からの偏見を受けることを身をもって感じたことで、障害を持った人が自分自身の中で受け止めることはそう簡単なことじゃないことを身をもって感じました。実際に自分が同じ立場にならないと、本当の意味での理解はできないんだなということを思いました。しかしその経験をしたからこそ、たとえ病名や障害は違っても、受け止めることの辛さや難しさ、その思いというのは、すべてとは言わなくても10%、いや1%ぐらいはその思いを共有できるのではないかな、と思います。


ちょっといつもと違って真面目な話になってしまいました。

まぁたまにはこんな話をするのも、いいのかもしれません。自分の病気、これからも長いお付き合いが続きます。