ブログネタ:受験の思い出
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受験の思い出・・・本当に「思い出」として残っているのは、高校受験。
あと受験ではないけど、社会福祉士の国家試験も思い出ですね。
高校受験は、人生で初めて「受験戦争」というものに触れた機会。
自分は経済的な理由だけで都立を第1志望にして、私立は第2志望。なのに、学力的には私立の方が高く、その私立受験の時がものすごく緊張しました。
元来の心配性から、何をやっても「ダメだ、不安だ・・・」の状態。
面接の時も緊張して、何を聞かれたか覚えていない状態。そして不安の中迎えた、合格発表。その時の発表方法は小さな封筒で結果が書いてあり、合格した人はさらに大きな封筒を貰うことに。「自分はダメかも・・・」と思って、封筒の封を開けてみると、「合格」の2文字。まだ都立受験が残っている中で、「何とかなった・・・」というのが正直な感想です。
で、このまま都立受験へ・・・という時に、まさかの骨折。
「骨折」という響きだけだと大袈裟な感じがするけど、都立受験の1週間前に体育の時間に利き手の人差し指を亀裂骨折。人生初の骨折経験。病院に行くと先生からは「爪が強かったから、亀裂で済んだ」とのこと。もちろん学校(というか体育の先生)には報告をし、当面は体育の授業は見学。ただ、人差し指の骨折だから日常生活には影響があり、受験を目の前にしての事故だけに、母親は怒り心頭。実は兄が中学にいた時にやはり学校で怪我をしたけど、その時に学校から何の連絡がなかったことに対して母親は気が済まなく、そのため学校での出来事に関してはかなり敏感に反応する親。だから今回も「まぁ大丈夫だよ」と自分が言っても、母親は収まらない状態。ただこの時は自分も学校になじんでいたし、学校の先生の中で自分のことを知らない先生はいないと言っていいほどの有名人。(別に悪いことをしていたわけじゃないですよ・・・)そして体育の先生も自分が初めて「運動することの楽しさ」を教えてくれた先生であり、怪我をしたときの対応も素早く、報告をしたその日には体育の先生から直接母親に電話があり謝罪したことで、母親の怒りも収まることに。
そんなドタバタした中で、怪我をしたまま都立受験をしたわけですが・・・結果的には何も影響なく、合格。無事に最初の受験戦争は乗り越えることができました。
その後何度か受験戦争をしましたが、「受験」ということでちょっと違った点では、社会福祉士の国家試験も思い出に残っています。人生初の「国家試験」に臨んだ自分。合格率30%(今思えば、微妙なライン)の試験。そのために2年間の月日を費やした日々。人生の中でこんなに勉強したことはなかっただろう・・・というくらいに勉強しました。ただ、実際はその思いとは裏腹になかなか成果が表れずに苦悩しました。合格ラインが60%の正答率、このラインをなかなか到達することができませんでした。直前の模試でも、60%にもう一息・・・というところで止まってしまい、不安の中の受験となりました。
でも・・・結果的には、これも合格。
ふたを開けてみれば、合格ラインを悠々と到達していました。まぁこれは取り越し苦労で済みました。しかし、また近いうちに再び国家試験を目指すことになるでしょう。次の目標は精神保健福祉士。機会があれば取りたいと思っていた資格、その機会がめぐってきたので、今回も入念に準備をしてから挑みたいと思います。挑戦は、最短で2年後。2年後の自分、どうなっているのでしょう。