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人生の振り返り・・・振り返りたくないですね。

別に否定的な意味じゃなくて、振り返ると「振り返らなくちゃいけないこと」がたくさん出てきそうで、それら1つ1つを見ていたら時間がない、といったところでしょうか。


そんな中でもいくつか振り返るのならば、やっぱり大きなことは仕事と病気。


まずは仕事。

ケータイの買い替え の如く、毎年のように転職活動をしている自分。でもそもそもの行動は、やっぱり「仕事の選択」というのがありましたね。一番大きいのは、大学4年、卒業を直前に控えた中でのこと。


卒論の口頭試問が終わって空白の時間ができることに。

当時は「パソコンが好き」との理由で某家電量販店への就職が内定していたけど、休み期間中に企業から内定者研修の手紙が届いたとき、「本当に自分の仕事をこれにしていいのかなぁ・・・」と思うように。まだ若いうちなら勢いだけで仕事をすることができるかもしれないけど、先々のことを考えた時この仕事を続けていることができるのであろうか、あるいはこの仕事で食べていけるのか・・・と考えることに。「生涯の仕事」と考えた時、自分の中では「ちょっと違うかな」という思いが。


と同時に思っていたのが、福祉へのあこがれ。

大学で勉強していたときはちんぷんかんぷんで全然わかっていなかったけど、口頭試問の対策で色々と本を読んでいたときに「自分のやりたい仕事って、もしかしてこれなのかな」と思うようになり、そこに来て「内定者研修」の通知。2年3年ならこのまま仕事をしてもいいかもしれないけど、10年20年先のことを考えたら、このまま進んでいいのか・・・かなり悩んで大学の就職指導課にも相談に行った結果、自分が出した答えは、福祉の道に進むこと。卒業1ヶ月前に、まさかの内定辞退。さすがにこの行動に関してはかなり周囲に波紋を呼びました。特に友人・後輩たちに対しては。ただ、母親の「やるなら早くやっちゃった方がいいんじゃない?」の言葉に後押しを受けて、その時点で考えられる最短の時間でこの世界に入ることができました。



それと病気のこと。

これもまさに「青天の霹靂」ですね。前々から何となく危ない部分があったのは自分でもわかっていたけど、それは単に「精神的に弱いだけ」と考えていたこと。しかし自分がやってみたいと思った作業慮法士の学校に入ってしまったためにわかった病気が、パニック障害です。最初は「てんかん」と診断され、自分の人生の中で一番のどん底に落とされることに。診断された3ヶ月間は、生きた心地をしていませんでしたし、今でも当時のことは全然思い出せませんね。ココログには書いていますが、本当にココログから振り返らなければわからないくらいです。詳しい経緯については「Mitakeの小箱 」の方に任せるとしてここでは割愛しますが、母親が「てんかん」の診断に疑問を持っていたため、母親に連れて行かれる形で別の病院へ。そこで詳しく検査をした結果、自分はてんかんではなく、パニック障害であることが判明。さらに小さい時に起こした意識消失も「パニック発作」として説明がつくとされ、推定発症年齢は「8歳」との診断。この診断には、本当に驚きました。単純に「精神的に弱い」ものと思っていたことが、実は病気としてとらえる必要があったということ。てんかんの診断の時もそうでしたが、やはりここでパニック障害と診断されても、1年近くはそのことを自分の中で受け入れられなかったですね。意識を失ってしまうということ、不快な症状が「パニック」であると自分の中で受け入れられるようになったのは、本当にここ数年のことであり、これから先もまだまだ長い時間をかけてこの「病気」と向き合って行かなければいけなんだな、と感じています。



人生の振り返り、まだまだありますが、とりあえず今回はこの辺で。