no movie no life -35ページ目

no movie no life

・・・映画を見て思ったことをツラツラと。ネタバレです。

かなり昔に書いたのも。

誕生日に見る映画を「ドリームガールズ」にするか「叫」にするか迷ってましたが、後者が救いようのない内容だと後味悪いんで(サスペンスは好きなんですが)、ここは夢を追うことにしました。


山形の映画館ではバースデー割引があってですね。誕生日の前後3日間は映画料金が安いんです。受付のお姉さんに「おめでとうございます」とにっこりされるのもいいものです。しかもこの時期はアカデミー賞が発表になってるんで、ラッキーなんですよ★


前置きが長くなりましたが・・・内容はご存知の通りアマチュアのシンガーからトップに上り詰める「ドリームガールズ」の物語。

圧巻!でした。あのソウルフルな歌声はホントに脱帽です。曲も最高。ホントのミュージカルを観てる思いでしたね。


彼女たちもアマチュア時代はダサダサなんですが、「見られる」ことにより彼女たちはぐんぐん綺麗になってゆく。ステージの上が、スポットライトの光が、観客の視線が、そしてそこで歌えることが、何よりの快感!!
ああ、この感覚わかります。見るよりも、見られる側がいい。聞くよりも、歌う方がいい。


ショウ・ビジネスである以上、「シンガーは商品」は否めない。ちょっとの我慢は仕方ない。
でも、心の中で湧き上がるものを表現したいという欲求は止められない。自分の人生、好きなことをやって、夢を追って、生きていきたい。挫折しても、貧乏になっても、夢だけは持ち続けたい。



大いなるエネルギーをもらって、また明日から頑張れる。


ブログランキング に参加しています 

「てめえの人生、てめえで咲かす」このキャッチに心掴まれ、観て来ました。


江戸時代の吉原遊郭、玉菊屋に身売りされたある少女。気が強く、吉原にある「稲荷の桜」が咲いたら自分の足でここを出て行ってやると思い続けて数年。とうとうナンバー1の花魁・日暮となる日がやってきた・・・


安野モヨコ原作、蜷川実花監督、音楽椎名林檎、土屋アンナ主演・・・聞いただけでもこゆーい感じに思いましたが、やはりワールド炸裂してます。爆発する色彩、箱庭のような世界、赤い金魚の群れ・・・


そこまでの舞台装置はあるんですが・・・内容としてはどうだったんでしょ?
土屋アンナ・・・ってまずそんなに魅力的に見えないんですよ。彼女扮する花魁がどうしてそんなに人気を博したのか?わからない。気丈に生きてるというより、ただタンカ切ってるだけに見える。子役もどう観ても彼女に結びつかない。
他の花魁たち(菅野美穂、木村佳乃)も印象が薄い。女同士のドロドロ感もあんまりなく、マブ(本命の人)とは結ばれない運命の女たちの悲壮感も、どうも感じない。
(どうしても「SAYURI」と比べてしまうのですが・・・。)


びいどろの水の中でしか生きられない金魚と同じ運命の遊女たち。
でも、そこから絶対出てやると言う気概と、人としてのプライドを持った一人の女が、いつしか「金魚」に成り下がってゆく。「あの桜は、咲くことを諦めた」と言う彼女に、「咲かない桜はない」と答える爺様。それでも彼女は動かない。
最終的に彼女の足が動くのは、自分からではなかった。自分で出てゆくと豪語していたのに、結局は思いっきり他動的ではないか?ストーリーとして、残念。


しかも、ラストの桜の風景は無かった方がよかったんじゃないか。
一切その後を映さずに、観客の想像に任せて・・・と言う余韻が欲しかった。


印象的なシーンは、彼女が身ごもったとき。
「父親が誰だろうが、このお腹の子は私の子。絶対に産む。」
ああ、そうだなあとストレートに共感できた。女性だけが、母親だけが持てるこの感情。その強かさ、なんだよな・・・。


ブログランキング に参加しています 

「カオリ」と言うハンドルネームは私の本名からきてます。
そのせいか?ともかく今回公開の映画ではこれが一番観たかった。

いやーー、こういう映画、私は好きです。観客に考えさせる映画とか、解釈がどうとでも取れる映画など。


18世紀のフランス、パリ。不衛生なために漂う悪臭を紛らすために作られた香水(パフューム)が持てはやされた。そこへ、天才的な嗅覚を持った男が生まれた・・・名前はジャン・バティスト・グルノイユ(ベン・ウィショー)。彼はパリの香水調合師に言う。「僕なら、もっと良い香水を作れます」。そして、彼の異様なほどの香りに対する執着が、悲劇を生んでゆく・・・。


芸術家でも、自分の美を追求するあまり、度が過ぎることがあったり破天荒な行動をとったりすることはある。変人扱いされる場合だってある。


しかしこの主人公の場合は・・・
人間ではなく、ましてや芸術家でもなく、嗅覚の鋭い獣に近いものではなかろうか。究極の香水を作るための獣。
善悪の感覚はない。宗教も通用しない。
精油を作るため、ためらいも無くネコを熱湯の中に入れてみる。
主人公は、初めて出会った運命の香りをもう一度作り出し、「保存」したいと考える。
そして、究極の香水を作るために「人の体臭」が必要だとわかる。


このストーリーの中で、重要な要素がある。
それは、主人公が「自分の体臭がない」ということだ。
嗅覚がすべての主人公にとって、他人に認知される手段がないことは、自分が存在しないことと同義なのだ。


香りは、その人の体臭と混ざることによって香水とはまた異なった香りを発するため、全く同じ香りは存在しないと言われている。
だから「作られた」香水は・・・人の発するフェロモンのかたまりのような、人を愛欲に誘う、究極のもの。そこには人間の理性も英知も存在せず、本能のままに突き動かされる衝動のみがある。


結果、究極の香水を作った主人公は、大衆の前で香水を振りまき、彼らを見つめながら、涙する。
その涙は・・・運命の香りのする少女と人間として出会い、触れ合うことが出来なかった自分を初めて認識したのではなかろうか。


「この香水の力の前に、世界はひれ伏す。しかし、香水は、彼を愛し愛される存在にする力はなかった」


彼を真に愛したものはなく、彼は自らの香水で果てる。


うーん、深い。
ストーリーもですが、「香り」と言うものの奥深さも。
そして、「香り」を表現する演技の素晴らしさ。

後で知りましたが、この映画の原作、ドイツのベストセラーなんだそうですね。それが世界に広まったとか。映画観てしまうと、これをどうやって文章化したんだろう?と気になります。


ブログランキング に参加しています 


追記:よく文章をチェックせずUPしてしまい、誤った記述をしてしまいました。

訂正いたします。香水が作られたのはこの時代ではなくもっと以前です。

香水の歴史についてはこちらのサイト など。ご指摘ありがとうございます。

(2007.3.21)

アカデミー賞、出ましたね~。

作品賞・監督賞は「ディパーテッド」だったか・・・

まだ観てないんですよね。(汗)あの時間の長さに怯んでましたぁ。


「ドリーム・ガールズ」は今週に観るつもりでいました。

歌と踊りと栄光と挫折、堪能したいと思います。


個人的には大作ではありませんが「リトル・ミス・サンシャイン」が好きでした。

じいちゃん、助演男優賞やったね!


ところで、やっと念願の「アモーレス・ペロス」のビデオを探し当てました。

レンタル屋、4軒目にしてやっとです。

会員ではなかったのですが会員になりました。

でも、会費なし、旧作ビデオは100円なのでお得。

ふう~

ラストを観てちょっと前後不覚に陥ったのは私だけでしょうか・・・

ローマの大学で教鞭を執る詩人のアッティリオ(ロベルト・ベニーニ)は毎晩夢に出てくるヴィットリア(ニコレッタ・ブラスキ)に愛の告白をするも、彼女はつれない態度。ある日、彼女は詩人フワド(ジャン・レノ)と会うためにイラク・バグダッドを訪れるが、そこで爆撃を受けてしまう・・・。アメリカによるイラクへの空爆が始まったのだ。「ライフ・イズ・ビューティフル」のベニーニの最新作。

愛する人を失うくらいなら、太陽も要らない―

アッティリオはなんとかバグダッドに潜入し、意識不明のヴィットリアを必死で看病する。

アッティリオの奔走をユーモラスに描く一方、逃げ惑うイラクの民、破壊された建築物、アラーに祈る人々、アメリカ兵の尋問などを盛り込み、決してただのコメディにはなっていない。

この映画でのイラクの象徴は詩人フアドであり、「アイアムイタリアン!」と叫ぶアッティリオはあくまで自分が部外者であることを主張する。

そこに、なんとも言えない哀しさを感じる。

世界で一番美しい夜空に、閃光のように空爆の炎が燃える。

詩人であるアッティリオはとにかく喋りに喋りまくるが、それが観ている方にはちょっと疲労(苦笑)。

でも、本当に重要なことは口に出そうとしないアッティリオの心根がヴィットリアの心を目覚めさせる。

しかし・・・白い下着姿がここまで似合う役者って他にいないんじゃないかしら。



ブログランキング に参加しています