表題の通りですが、素直に生きていたいと思っております。

 

素直に生きる、とはどんなことかって話ですが、単純な話で、楽しく生きていたいという感じです。

子供の頃のように、楽しく、いろんなことを面白がりながら、純粋な気持ちで生きていたいです。

 

他人との比較や嫉妬や貧困への恐怖、虚栄心や猜疑心に苛まれることなく、ただ未来に対する夢や目標に向かって真っすぐに生きていたい。

そう思っています。

 

そりゃ苦しいこともあるでしょうけど、失敗だってバネにして、遠回りだって面白がって、素直に生きていればそんなことができるような気がします。

 

半径2m、近くにいる人、隣にいる人と笑い合って、家族や友達を大切にして、外連味なく、ただ素朴に豊かさを分かち合うような生活をしたいと思っています。

 

 

お金もまあ必要なものではありますが、Just In Time方式でやっていきたいです。

必要な時に必要なものを必要な分だけ。

自分の分を超えるようなものは持たずに、ただいつでもうまくやれるような状態でいて、時に誰かの助けを借りて、また恩を返して、もしくは回して、助け合いながら。

 

綺麗事だとは思いますが。綺麗事で生きていきたいんです。

欺瞞や競争の中だけで生き抜くというのはとてもとても苦しい。

 

慎ましく優しく素直に生きていたいです。

 

 

 

 

自分の内面の在り方は自分で選べます。

素直でいることを、明るい未来に向かって純粋な心持ちでいることを選べばいいだけの話です。

 

自分の心は自分だけのものですから。

 

努めているつもりです。

 

 

けど、どうしても負を拭えぬ時が多くあるんです。

 

誰かがふと言った言葉、表現、振る舞い。

別に当人にそのつもりはなく、ただ自分の価値観の中でそれが不快に振れるようなものであっただけ。

当人は私が思っている以上に何気なく言っただけ、やっただけ。

 

私もそれはわかっていますし、私の問題だと思います。

 

その瞬間嫌な気持ちが軽く湧くのは致し方ないとして、その感情を認めてあげて、流して、次に進めばいいだけの話。

 

ただそれだけのことができない。

 

嫌、と思ったことが頭の中で反復され、怒り悲しみその他のことが顕れてくる。囚われて、素直さを欠く。

 

「こんなこと気に留める必要ない。」

「相手はそんなこと思ってない。」

「思ってたとしても、内心を荒ぶらせる必要はない。」

「できること精一杯やればいい。」

 

 

 

素直に生きたいと思うけど。なかなかどうして囚われる。

 

もっと素直になれたら、善く生きることができる気がするんですよね。

 

善く生きるというのは簡単ではないなと思います。