liverpoolfc.com より。
全ての僕のファンへ
サヨナラを言うのは簡単じゃないね。
リヴァプール・フットボールクラブは8歳の頃から僕の人生の大きな部分を占めてきたし、これがどんなに寂しいものか分かっているつもりだった。
アンフィールドの最後の試合だったクリスタル・パレス戦と最後に出場したアウェイでのストーク・シティ戦は、僕と僕の家族にとってエモーショナルな時間だったよ。
でも、サポーターの皆がしてくれた歓送は本当に素敵だったし、君たち皆に感謝したい。それは僕にはもったいないくらいのものだったし、僕の残り人生で大切にしたいものだった。
長い間、このフットボールクラブを代表してきたことは、間違いなく特権だった。
子供の頃、ハイトンのアイロンサイド通りでボールを蹴っていた頃に、僕が何よりも望んでいたことはリヴァプールでプレイすることだった。一度だけでいいからそのシャツに袖を通したいって夢見ていたんだ。
そんなことができるだなんて思ってもいなかったから、17年にわたって、ファースト・チームのキャリアで710試合も出場できたことは、とても誇り高く思うよ。
世界でも最高のサポーターの為にプレイすることが大好きだった。
それは驚くような旅だったよ。素晴らしく良いことやどん底に悪いことがあったけど、皆はずっとファンタスティックなサポートをし続けてくれた。そのことを決して忘れることはないよ。
最高に良かったことは何よりも甘美なものだった。子供の頃からサポートしてきたクラブで成し遂げたんだからね。僕たちは一緒にそういった特別な瞬間を共有できたんだ。
もちろん、僕のキャリアにおける頂点は10年前のイスタンブールだろう。あれは僕の人生でも最高の夜だった。僕がヨーロッパ・カップを掲げた時、僕以上に得意げな男はこの星にはいなかっただろうね。
皆の為にあのトロフィーを届けることは、僕にとってとても多くの意味を持っていた。ACミラン戦でのあの有名なカムバックを示唆するのを助けることにおいてサポーターは大きな役割を果たしてくれたんだ。悪夢のような前半の後、彼らがどうやって僕たちに上を向かせるのを助けてくれたかは絶対に忘れやしない。
リヴァプールを率いる僕の双肩にかかるプレッシャーのことを、人々はしばしば尋ねてくるんだけど、僕はそれを重荷とはこれまで思ってもいなかった。とてつもない責任が僕にはあったけど、常にそれが好きだったし、受け入れていたんだ。
長い間、このクラブのキャプテンを務めたことは大変な名誉だった。僕は常にベストを尽くして、手本としてリードしていこうとしてきた。
何人かの驚くような選手と並んでプレイして、僕を改善し成長するのを助けてくれた監督と一緒に仕事ができたことはとても幸運だった。僕はお返しにやってきたこと-犠牲と献身、長年にわたる忠誠-を誇りに思っている。
だけど何よりも、長い間こんなファンの前でプレイする機会が与えられたことが、信じられないくらいに幸運だったと感じている。
リヴァプールは僕の故郷だし、この街が大好きだ。でも、自分がアメリカへ引っ越す準備をして、新しい章を開くのには適切な時だと思っている。
キャリアの最後の数年でも毎週プレイし続けることを僕は望んでいるし、MLSのロサンゼルス・ギャラクシーで新しいチャレンジに臨むことを楽しみにしている。
僕はこれから2年はここを離れるけど、リヴァプールFCと僕の長い付き合いがこれで終わる訳じゃない。僕は生涯ずっとサポーターだったし、それはこれからも続くんだ。
ある日再びここに戻ってきて、クラブに奉仕する機会を得られることを願っている。将来的に何かしらの役割で貢献することができると感じているよ。
でも今日は、振り返ってみて、皆が過去20年間してくれた素晴らしいサポートにありがとうと言うことがすべてだ。皆は僕が何度も何度も自分の夢を実現するのを手助けしてくれたし、かけがえのない思い出をくれたんだ。
本当にありがとう。
スティーブン・ジェラード
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