詩ってなんだ? その1 | 山の声を聴け

詩ってなんだ? その1

 三十すぎの女性詩人の書いた小説が高い評価を受けている。彼女たちは詩と小説の違いをどのように考えているだろうか。蜂飼耳は「音やリズムを重視し、言葉そのものを追究して空白の部分を埋めていくのが詩。言葉で空間を埋めていくのが小説」という。日和聡子は「池に浮かんだ飛び石をぽんぽん跳び渡って表現するのが詩とすれば、小説は石の間の水の中も歩いて示すような感じでしょうか」という。詩から小説の世界にいった富岡多恵子や伊藤比呂美も同じように考えているのだろう。伊藤比呂美は二つの世界を往還している。
 前にもふれたが、河野多恵子は「詩は俳句・和歌と共に、本質的には自分自身のためのものである。詩歌・俳句は作者が作り、歌い、詠むだけでよいものである。発表はおろか、書き記すことさえ、本質的な行為ではない。もともと読者を想定するものではないからである」という。
 いずれの説明もそれはそれで理解できるのだが、詩とは何なのか、俺にはわからないのだ。あ、いいなと思うことがあっても、衝撃を受けたり、深く共感したり、癒されたりという詩に出合っていない。
 詩という言葉の表徴について辻まことは、「かつこう」という金子光晴の詩に沿って解説している。辻は「かつこう」に強い衝撃を受けているのだ。

しぐれた林の奥で
かつこうがなく。
うすやみのむかうで
こだまがこたへる。
すんなりした梢たちが
しづかに霧のおりるのをきいてゐる。
その霧がしづくになって 枝からしとしととおちるのを。

「かつこう」はこのように始まる。辻は、最初の3行だけで、人間の孤独と、孤独な人間の世界が、明確に表現されていることに驚嘆する。