また、老い
動物が生きる目的は個体維持と種保存のための生殖。その目的が終わるとき死を迎える。生殖機能が終わってさらに何十年も生きながらえる老年期をもつ種はヒトだけである。老いというのはまったく無意味で不要な生なのだろうか。
サルの老年期はだいたい4、5年らしい。交尾はしても子どもはつくらない、というかつくれない。そういう歳を重ねた老猿はサル社会にとって無用なのかといえば、ところがたいへん重要な役割を担っている。何を食べたらいいかとか、交尾の仕方とか、子育ての仕方とか、そういう生きていくうえに欠かせない知恵を次の世代に受けわたす役割がある。年寄りがいなければ、サル社会は成り立たないのである。ヒトの場合も、文字ができる前は老人はそんな役割を担っていたのだろう。文字がつくられて、情報が共有できるようになるまでは。
現代のような情報があふれている時代に、生活の知恵みたいな知識は簡単に手に入る。老人が積み重ねてきた経験、そこから生み出された知恵なんてものはいまの世の中には必要ないものだろう。だれもがいつかわが身に訪れる老いなのだから、プラス価値というものは考えられないか。いやいや、そういうふうに考えるのがいけない、社会にとってのプラスかマイナスかという考え方自体がいけないのかもしれない。老人も一人の人間として尊厳をもって生きているはずだ。社会にとって役に立っているか立っていないかという視点には、老いの生は生きるに値しないという本音が隠れていないか。まして身体に障害をもつ人の生はどうなのか。
などと、偉そうにいう俺だって、オヤジは老醜そのもの、こういう晩節だけは迎えたくないと思った。老人もそれなりに努力しなければいけないと思ったね。
自然界では老いを生きる動物はほとんどない。障害を持った生き物は淘汰される。人間というのは、自然からもっとも遠いところに住んでいる生き物なのかもしれないねえ。
植物には老はあるのだろうか? どうもあるみたいだ。
サルの老年期はだいたい4、5年らしい。交尾はしても子どもはつくらない、というかつくれない。そういう歳を重ねた老猿はサル社会にとって無用なのかといえば、ところがたいへん重要な役割を担っている。何を食べたらいいかとか、交尾の仕方とか、子育ての仕方とか、そういう生きていくうえに欠かせない知恵を次の世代に受けわたす役割がある。年寄りがいなければ、サル社会は成り立たないのである。ヒトの場合も、文字ができる前は老人はそんな役割を担っていたのだろう。文字がつくられて、情報が共有できるようになるまでは。
現代のような情報があふれている時代に、生活の知恵みたいな知識は簡単に手に入る。老人が積み重ねてきた経験、そこから生み出された知恵なんてものはいまの世の中には必要ないものだろう。だれもがいつかわが身に訪れる老いなのだから、プラス価値というものは考えられないか。いやいや、そういうふうに考えるのがいけない、社会にとってのプラスかマイナスかという考え方自体がいけないのかもしれない。老人も一人の人間として尊厳をもって生きているはずだ。社会にとって役に立っているか立っていないかという視点には、老いの生は生きるに値しないという本音が隠れていないか。まして身体に障害をもつ人の生はどうなのか。
などと、偉そうにいう俺だって、オヤジは老醜そのもの、こういう晩節だけは迎えたくないと思った。老人もそれなりに努力しなければいけないと思ったね。
自然界では老いを生きる動物はほとんどない。障害を持った生き物は淘汰される。人間というのは、自然からもっとも遠いところに住んでいる生き物なのかもしれないねえ。
植物には老はあるのだろうか? どうもあるみたいだ。