オロチ
古代日本人にとって、山は生命体であり、山に重ね合わせていたイメージはオロチ、すなわち大蛇だったと町田宗鳳はいう。広辞苑によると、「をろ」は峰・岳、「ち」は「つち」「たち」の略で、神の別称である。オロチは巨大な蛇の姿をした岳神らしい。
町田はイメージをさらに広げて、古代人は円錐形の姿をした山に、とぐろを巻いたオロチを見ていたと考える。その顕著な山として、奈良の三輪山、近江富士と呼ばれる三上山、伊吹山などをあげる。自然の山のみならず、神社の境内につくられる円錐形の盛り土も、とぐろを巻く神の姿ではないかという。
夕方、買い物の帰り途、灰色の雲が空を覆いはじめ、急にあたりが薄暗くなりはじめた。自宅への上り道を急ぎながら裏山を見あげると、風で木々がゆさゆさと揺らめいている。山全体が生き物のようにうごめいているように見えた。頂上から派生する何本もの尾根は蛇体のようだ。山はとぐろを巻く大蛇ではなく、八つの頭と八つの身体があり、檜や杉に覆われた巨大な蛇、八岐のオロチのイメージだ。そんな恐ろしい山に入ろうなどという気は起こらない。
その山に登ることを始めたのは修験者たちだ。山にいます神の霊力に浴するためであったり、一度死をくぐり再生するためである。
ヨーロッパでは、山は化け物や魔女のすみかだった。桑原武夫のいうように、そういう神や化け物や魔女を山から追い出すところから、近代登山が始まる。つまり山を登るためには、山がたんなる物質になる必要があった。その役割を果たしたのは科学精神とプロテスタントだったと桑原はいうが、卓見だな。でも、日本の近代登山黎明期を担った人たちは、山をたんなる物質とは考えていない。古来からの山にたいする態度を残しているように思われる。
裏山を見あげながら少しばかり古代人のような気分で家へ急いでいると、大粒の雨がざわざわと降りはじめた。
町田はイメージをさらに広げて、古代人は円錐形の姿をした山に、とぐろを巻いたオロチを見ていたと考える。その顕著な山として、奈良の三輪山、近江富士と呼ばれる三上山、伊吹山などをあげる。自然の山のみならず、神社の境内につくられる円錐形の盛り土も、とぐろを巻く神の姿ではないかという。
夕方、買い物の帰り途、灰色の雲が空を覆いはじめ、急にあたりが薄暗くなりはじめた。自宅への上り道を急ぎながら裏山を見あげると、風で木々がゆさゆさと揺らめいている。山全体が生き物のようにうごめいているように見えた。頂上から派生する何本もの尾根は蛇体のようだ。山はとぐろを巻く大蛇ではなく、八つの頭と八つの身体があり、檜や杉に覆われた巨大な蛇、八岐のオロチのイメージだ。そんな恐ろしい山に入ろうなどという気は起こらない。
その山に登ることを始めたのは修験者たちだ。山にいます神の霊力に浴するためであったり、一度死をくぐり再生するためである。
ヨーロッパでは、山は化け物や魔女のすみかだった。桑原武夫のいうように、そういう神や化け物や魔女を山から追い出すところから、近代登山が始まる。つまり山を登るためには、山がたんなる物質になる必要があった。その役割を果たしたのは科学精神とプロテスタントだったと桑原はいうが、卓見だな。でも、日本の近代登山黎明期を担った人たちは、山をたんなる物質とは考えていない。古来からの山にたいする態度を残しているように思われる。
裏山を見あげながら少しばかり古代人のような気分で家へ急いでいると、大粒の雨がざわざわと降りはじめた。