肺がん
幼なじみが肺がんと診断され、6日に手術を受けることになった。早期であるが、やはりいちばんの心配は転移だ。十以上若い奥さんの、不安で心配している様子が浮かぶ。
彼のお袋さんと俺のお袋が幼いころからの友だちで、俺たちは家族ぐるみの付き合いをしてきた。5年前お袋がたおれて植物状態になったとき、彼のお袋さんは末期癌で余命幾ばくもないという状態だった。お袋の危急を知ったとき、彼女は「私が行って、チーちゃんの手を握れば必ず意識は戻る」といいはって、お袋のもとへ連れていくように懇願した。しかし、自らが激痛と闘っているときで、とてもその願いをかなえられる状 況ではなかった。
彼女はお袋に最後の別れを言いたかったのかもしれない。それから一カ月あまりで、息をひきとった。その病床で、俺は彼と30年ぶりの再会を果たした。一方は京都、一方は横浜と疎遠になっていた俺たちを、彼女が引きよせてくれたように思えた。それから親しい交わりが再開した。
彼には完治してほしい。
来週俺は京都に行く。手術前日に叡山の登り、根本中堂で護摩木を焚いてもらうつもりだ。彼の癌を根治してほしい、心の底からそう願いながら……。俺にはそんなことくらいしかできない。
彼のお袋さんと俺のお袋が幼いころからの友だちで、俺たちは家族ぐるみの付き合いをしてきた。5年前お袋がたおれて植物状態になったとき、彼のお袋さんは末期癌で余命幾ばくもないという状態だった。お袋の危急を知ったとき、彼女は「私が行って、チーちゃんの手を握れば必ず意識は戻る」といいはって、お袋のもとへ連れていくように懇願した。しかし、自らが激痛と闘っているときで、とてもその願いをかなえられる状 況ではなかった。
彼女はお袋に最後の別れを言いたかったのかもしれない。それから一カ月あまりで、息をひきとった。その病床で、俺は彼と30年ぶりの再会を果たした。一方は京都、一方は横浜と疎遠になっていた俺たちを、彼女が引きよせてくれたように思えた。それから親しい交わりが再開した。
彼には完治してほしい。
来週俺は京都に行く。手術前日に叡山の登り、根本中堂で護摩木を焚いてもらうつもりだ。彼の癌を根治してほしい、心の底からそう願いながら……。俺にはそんなことくらいしかできない。