年金での老後の生活が厳しいことが、うっすらではなくはっきり見えだした。
呼応してか、政府は新NISAとかiDeCoとか税制優遇策を打ち出している。
条件はあるが利益に課税がされないのはありがたい。存分に活用しようと思う(実際している)。

しかし、逆説的には「年金では無理なので税制優遇しました。制度を利用するしないは勝手です。」
とも取れ、老後に破産すれば「こちらはいいモノ用意したのに使わなかったのはあなたの選択です。自己責任です。」
と言われてしまうということだ。

資産運用の成否が老後の生活をより一層左右することになったんだと思う。

例えば投資に関して、何に、いくら、どれぐらいの期間、など考えて投資をするが、それらを全部省略して投資することもできる。
ファンドラップというやつだ。投資一任契約という契約を結び、何に、いくら、どれぐらいの期間、などを文字通りお任せしてしまう投資だ。


証券会社によっていろいろだが、1000万円からなどある程度まとまった資金を預け運用してもらう。もちろん、手数料が年間で資産の1%(例)とか掛かる。
CMなどのイメージでは、今まで投資したことがなく、ある日退職金を手にした人が利用することを想定したサービスのように思える。
 

だが、このサービスが必要なのは資産が上記の1~2桁多い人だろうと思う。資産が多過ぎて自分では手が回らない、そんなときに便利なサービスなのだと思う。

いろいろ考えるべきファクターは多いが、数千万円程度なら自分で考えて投資すればいいからだ。
それ(考えること)をしないで済まそうとするならば、手数料を徴収されたぶんのパフォーマンスを受け入れなければならない。
考えることをアウトソースしたのだから、そのコストを負担する必要があるのだ。

逆から見ると、考えることの代行をビジネスとしているサービスがいろいろあることに気づく。

昔からよく聞く、“いい歳をして~~ない”構文がある。

 

例えば、「大学生にもなって、ろくに挨拶もできない」のような。
昔から言われてるから素直に聞いてしまうが、これには次の暗黙の前提がある。

人は年長になるにつれできることが増える という

本当だろうか?

そりゃ、赤ん坊が成長につれ、歩けるようになったり、喋れるようになったり、はある。
しかし問題はそのあとだ。

できるやつは自律してさらにできるようになっているが、できないやつは自律なんてものはないからずっとできないまま。
こうなんじゃないか?というのが今まで世の中を見てきた実感だ。

“いい歳をして~~ない”というのは、できないやつに関しては期待過剰なんじゃないかな。
 

古来の方法、実店舗で現金で買う。Amazonや楽天ブックスでクレジットカードで買う・・・ etc.
リアルにEC、店舗に決済方法もいくらでもあるが、うちではなるべく実店舗でクオカードで買うようにしている。

一時期、株の優待としてクオカード配っている銘柄を積極的に集めていた。
当時クオカードはすかいらーくグループでも使えていたが、彼らは離脱。レストランで使えるのはデニーズぐらいになってしまった。
コンビニ各社、マツモトキヨシ、書店(使えない書店もあり)で消費できる。ただしコンビニはコスト高なのでほとんど利用しない。

かなり限定的な話だと高知県ではホームセンターで使えたりするが、そこに住んでいないと実現は厳しい。

なので、おもに株の優待でもらったクオカードで投資本を買う。そして、なるべく地元の本屋さんで買う。
本などどこで買っても同じものなので、地元で買うことで微力ながら地元の本屋支援ができるのではないかと思っている。
実店舗がなくなって欲しくないから。

なるべく手元のキャッシュが出ていくのを抑え、投資と投資の勉強のサイクルができるクオカード優待はありがたい。

お金について勉強するために、いわゆる金持ち本を読み漁った。

 

Amazonや楽天ブックスで買うのもいいが、買ったはいいがたいした内容もないものも多かった。これは費用とスペースの両面で痛いことになる。しかし、たくさん読みたい・・・。

 

実は、お金は万人の関心事 なのでその手の本は図書館にいっぱいある。発行から日が経った本なら即貸し出し可能な状態であることが多い。利用者登録すればネットから本の検索・予約ができる(もしかしたらできない市区町村があるかもしれないが)。そして同じ市内なら受取り図書館を指定できるから、通勤経路にある館を指定できれば貸し出しと返却が通勤を利用してできるようになる(返却は返却ポストがあるので、開館時間の制約がある貸し出しのハードルがやや高い)。もちろん、休みの日に図書館に行ってもいい。

 

金持ち本も玉石混淆。どっかで読んだ内容な本も混ざっている。しかしこの方法なら心置きなく読み倒すことができる。一つでも吸収できるものがあれば御の字である。

 

SE時代は通勤に片道2時間かかっていた。乗り換えやら除いて落ち着いて本が読める正味の時間は1時間ぐらい、往復で2時間毎日のように本を読んでいた。この頃は通勤をしなくなったので、本を読む時間が減ってしまった。いつでもいいと思うとやらなくなる、よくない形に嵌っている。

 

株投資を始めてすぐの頃の話。
株価200円の株を100株持っていた。期末を跨いで配当の権利が手に入った。

当時は何もわかっていなくて株式数比例配分方式にする手続きもしていなかったので、配当引換券のような紙が郵送されてきていた。
配当は1%ぐらいだったので約200円。税金が10%(だった)のでだいたい180円。郵便局に判子をもって行くと引き換えてくれた。たった180円かよ面倒だなと思ったが、考えるきっかけになった。

もし、株が1億円分あれば配当100万円(税金は考えてない)か、配当5%なら500万円で、これだけあれば仕事辞めても大丈夫だな と。もちろん、単一銘柄で1億円・5%では危険すぎるけど、配当をもらうようになってから額(たった180円)じゃなくて率(1%)で考えるようになった。会社が1%でも配当を出すのに大変苦心していると思えるようになったから。

 

よくある買い物の1%ポイント還元などでも、ほんの数円分ではなく、配当と同じように1%と捉えられるようになった。
1%=ほんの数円分と捨てていたらきっと経済的自由は遠いだろうと思う。