先のブログの内容の
続きっぽくなる様に努めます
私の事は一言で言えば
お世話になっている病院からしたら
〝前例が無い〟となるようです
一つは〝腺様囊胞癌肺原発〟
一つは〝手術可能なのに手術を拒否した〟
おまけに付け加えていいなら
〝生検なども極端に嫌う 受けない〟
普通に考えると
ただの現実逃避です
でも
結局は〝それ〟も有りなのかな……
と感じてます
かなり暗い話になりますが
頑張っても頑張っても報われない経験を沢山してます
でも 頑張ったら報われる経験も
少なからずしてます
そして幸いな事に
半世紀を生きる事が出来てます
コレはやはりとても
とても 大きな幸せだと思います
それらを支えたのは
必要な時に無理を出来る
〝身体〟が在ったからです
当たり前ですよね
私は前院では
〝告知〟により〝精神〟は粉々に砕かれた気がします
でも〝身体〟は
ここ数十年では最高にイイ状態に成りました
肺炎治療薬のお陰だと思います
そして 〝肺癌の位置が心臓に近すぎて
当院には心臓血管医が居ない為
手術で万が一
心臓の血管を傷付けた時に対応出来ないから〟
と云う理由で 今のお世話になっている 当院に来ました
転院までに ひと月ぐらい間があきました
その間に私がしたのは
〝家族と過ごす〟
でした
化学放射線治療が決まったあとも
入院数日前にも 孫と泳ぎに行き
真っ黒に日焼けして
入院を迎えました
「放射線治療を受けるのに
日焼けは問題ですね」と病棟のベテランナースに言われました
さて 上手く表現出来るでしょうか……
伝わりにくい
文章力は相変わらずですね……
気を取り直して
私の治療は
当院最初は〝片肺全摘〟と決まってました
そして肺機能から〝在宅酸素は必要〟
〝普段も酸素が必要になる可能性はある〟
〝痛みに弱いタイプのようなので
痛みとも ずっと付き合っていかなければならないだろう〟
と云うモノでした
私は
〝支えられる立場にはなれない現実がある〟
状態です
そして
〝支える状態である必要がある〟現実があります
一体 どないしろと言うのか……
悲しさでシクシク状態もあるが
プンプン状態でした
今 現在は
幸いな事に
〝元々の虚弱な状態〟で生活出来てます
とても有り難い事です
不安はぬぐえません
何処までイイ系統の報告が出来るのかは分かりませんが
頑張ります(。・_・。)ノ
夜勤も無事に終わり 睡眠不足で変な状態で書きました
いつもありがとうございます