長孫が小学校を卒業しました





自分の孫の居る小学校は在校生が


卒業生とその親族を

校内の全学年を通って

送り出してくれるという

ものがありました


イイ思い出が増えました


有り難う御座います










そして末孫は保育園を卒園しました


お寺の住職さんが園長の

娘も途中まで通っていた保育園です





思い出の深さは

当然娘の方があると思います


良かったなぁと思います


おめでとう御座います











そして自分は

正職員を退職しました





これを卒業した

と思う事にする事にしました











次は介護福祉士として

医療での現場ではなくて


介護の世界の

終いの世界を学ぼうと

思っております





精神科医師は簡単に

「生活保護という選択肢もあります」

と言いました





必要とする方々だけが使えばイイや


自分には

ある意味的には


守るべき存在は


既に無いんだなぁと痛感する


癌の治療の時はその単価に驚いてました


免疫チェック阻害剤は

約50万してました。

高額医療制度があるものの

癌保険には入ってなかった自分は


安い看護助手の月給では

その殆どが殆どが


検査等のお金や

免除されても高い

自己負担額に消えて

行きました










今回は癌とは

関係は無いこともないのですが


自立支援制度というものを

勧めれました





辞めた前の職場は


「個人病院なので

援助出来るには無理がある」


「通常業務が出来なければ

辞めて貰う」


などの就業規則を


全面に出してドンドンと出して

追い込まれていってしまいました


まるで自分達の憂さ晴らしを

されているかのようにさえ

感じてしまいました














これらの対応には

前にも言いましたが

主治医はあきれ返ってましたし





職業案内所もあきれ返ってました





結局はメンタルが持たなくなり


退職になるように自分で追い込んで

なるようになったんだと思います











時に杖を付きながら

17時間近い勤務を

良く頑張ったんだなぁと


自分で自分を労って思ってします











コミュニケーションは

とても苦手なので


出来れば慣れた

このまま前の

職場はアリでしたが…






それでも退職しました











新しい職場を探すのは

とても不安です






ですが自分の中では

『誰かの役に立ちたい』と

『家族に頑張ってる姿を見せたい』と

言う思いはやはりありました











でも

もうメンタルも本当に限界でした











癌サバイバーが抱える

いつ再発や転移が

起こってもおかしくない不安は


順調な経過観察を

感謝しなければならないのに


情けない事ながら

メンタルがドンドンと削られました





本当に情けなく情けなくて…

大変な想いをされている方に

申し訳ない想いが


余計に自分を苦しめました…








でももう自分が何をしているのか

分からない状態にまで追い込まれて


実際に実生活にも

かなりの支障が出てました










それが

『こんなはずではなかったのに…』

また自分を責めてしまいます











今回思いきって

初めて精神科を受けて


入院が必要と勧められました





あぁ

そんな状態なんやと

正直とても恐かったです





色んな薬を処方されて

ずいぶん楽になりました





体重も40キロ台になる直前でした










精神科の入院生活は

今まで正直避けていた

精神疾患の方々や発達障害の

方々との会話は自分には

とても合っていたようで楽しかった


ビックリするほど普通に過ごしました


とてもとても貴重な体験でした











社会に戻るのは恐かったです


今は精神科の薬の力が

どうしても必要な状態です





でも薬代が高くて

無職になる可能性のある

自分にはキツくて

受診をキャンセルしようと

電話をしました





そこで受付の方より

自立支援制度というものを

教えて貰いました





自分は検索はしません


しても疲れはててしまうからです










申請はしました


今の自分はやけになってるのか


前を向こうと頑張ってるのか


とても微妙な分からない状態です





来月には肺癌の

定期検診のCTもあります





これからどんな報告が出きるのか

分かりませんが

今は流されて

時間の中に身を置いて

俯瞰が僥倖を招いてくれるのを

願うばかりです











他の方々にも僥倖を獲られることを

切に願っております


当時観ていて
意味が分からなかった
セリフがありました




この投稿の題名に
そのセリフをしているのですが

何のドラマなのかが
分かった方が居られたら凄いなぁ
と思います














さて…
自分は働きたくても
働けない時期がありました




大袈裟に言うのではなく

癌との闘病より

よっぽど
何よりも大変でした




でも自分を選択してくれた
その事へ応えようと懸命でした




当時は制度も
全然充実しておらず

電気や水道も容赦なく止まります




でも何とか守り抜けたその命は

今は自分とは違う形でまた
懸命に闘ってます










自分は結局は
ただ我を通したかった
だけなのかもしれないと
何回も何回も苦労を掛けるたんびに

ふびんな想いをさせるたんびに

思って来ました
あなた方の幸せを
自分は願っております




頑張って下さい


3時を過ぎてるのに寝れない




このまま仕事に行く事になりそう…




仕事の話は
また出来るようなら
今度しますね

孫の小学校授業参観と
保育園演技発表会に行って来ました




自分は本当に幸せ者ですね




娘と孫たちに会う機会は
年にほんの数回ながら

出会うと食事をします

でも基本的に自分の
食べれる(食事制限してる為)お店での
食事となってしまいます




肉類が大好きな孫たち
ハンバーグも好きな孫たち

自分も久々にハンバーグを食べました

4年以上食べてなかったなぁ…




ちょっと無理して過ぎて来ていて

元々に精神的に弱いのに

余計に
おかしくなってしまったてるなぁ…





精神科への入院は終わりました

とても不思議な世界でした










なぜ入院に至ったのかは
今はちょっと説明は止めときます

追い込まれ過ぎた…
がまぁ一番簡単な理由ですね








入院中の方々は
知的な障害をお持ちの方

犯罪を犯してしまった方

犯罪系の方々との会話は
本当に不思議な世界でした




色々な世界の方々と出会い
自分の世界観はかなり変わりました




イイ方に行くのか
良くない方に行くのか…

知らなかった方が良かったのか…




どんな結果を
これから起こしてしまうのでしょう


昨年末に定期受診がありました




MRIの検査も有りました




結果は無事に
転移無く経過観察継続です




自分は今は精神面が
かなりおかしくなってます




精神病院に入院中ですが
定期受診に行って来ました




主治医は
理解ない職場に
こだわる必要はないと
言われました




一生懸命に闘病していた頃は
その事に懸命でした




その内に年齢的なものの
老化というものをてきめんに
経験してきて




精神的には
どんどんと追い込まれて来ました




老化を感じられる
嬉しさまでも経験して
この頃はまだそれなりに
願い通り定年まではがんばろうと
懸命でした




それがいつの間にか
独りぼっち感なのかな




何か分からない感情が
ドンドンと膨らんできて




その感情が
悪い方に悪い方にへと
止められなくなって
来てしってしまいました




癌サバイバーとしては
贅沢やなぁという罪悪感もあり




かといって
決して健康体とはいえない
自分が居て





あぁ
何て文章化したらイイのでしょうね




でもせめて
イイ面の報告の方も
どなた様かの励みに成ればと
そういう思い出がしといたくて





ヘンテコな投稿に
なってしまってますよね




不快な想いをされた方は
本当にごめんなさい


いちよ
まだ拝読しに来て下さる方が
まだ居られるので
報告の必要はあるのかなと思って
投稿してます




詳しくは
どう書けばイイのか分からないので
そのまま書きますが
退職して精神病院に入院中です_(._.)_




取り敢えず
看護助手ではなくなりました





もう職場環境が悪すぎて
精神的にも限界だったのです




今の感情は
自分でもどういうものかが
分かってはおりません




当たり前すぎて
申し訳ないですですが
経過観察が継続な事なのは
とても大切な事ですよね

孫の運動会に行けました
新型コロナの影響で
初めて観たのは3年生の時でした




当時の3年生の孫の
頑張りには当然感動しましたが

それ以外にも
各学年の頑張りに大感動してました

そんな中でも
6年生の演技には
本当に圧倒されてしまいました




『3年後 
自分は生きているのだろうか…
でも何としてもこの6年生の演技を
孫がする姿が観たい』と

本当に強く思い
ずっと”頑張りの元”になっていました




それがついに観れたんです




自分は涙が流れてました




『頑張ったなぁ孫たち』




『頑張ったなぁ自分』












何かもう
思い残す事は
全て無くなったと思いました




不謹慎な想いが溢れてしまいます

10月ですね




そういえば
闘病には関係ないですけど
今年は泳ぎに行けませんでした




花火には行けましたけど
全国的にみても珍しい
水色の花火に
毎年程には感動しなかった




必ずしていた日焼けにも
湖にへ潜りにも行けなかった




まぁ毎年
何かが出来ないんやけども…




一番にしたいのに
出来ない事が多いのが
自分の誕生日に
理想とする過ごし方が出来ない事




でも日焼けと潜りには
行っていたのになぁ




まぁまともに泳げないのに




潜るのが好きやから
足が届かない位の所で




潜って方向が分からなくて
溺れかけてしまって
水を飲んでしまう事は
しょちゅうあるので
危なくて1人では行けないんやけど




日に焼かれ過ぎで
火傷状態になってしまうし




”見守り”が必要なのかな…
困った煩悩爺です




今は孫達の運動会を観る事が
全てのような状態です




とても楽しみにしてますが
ある意味

ありとあらゆる
“頑張り”
が途絶えないかが心配な状態です

孫から運動会のお知らせが来た









とても嬉しい









最近ガリガリになって来る
自分の身体がとても悲しくて









体力が落ちていくのも
自覚が出て来た









でもお爺ちゃんに
成れていってる事は
とても有難い事ですね









話変わりますが
一緒に夜勤した職員の方から

「私の母は癌で数年で亡くなった」
「陽護さんは今も働いている」
「何が違うのだろうと考えてしまう」

と言われました










『それは自分にも分からないです』
『自分がしたのは
・医師が「絶対にこれしかない」と
言われた治療(手術)を拒否した事

・信じたサプリを飲み続けている事

・食事を根本から変えた事

・家に残してきた
老衰している犬を最後まで
看取る為に体力を
落とさない努力をした事

それぐらいしか今は思い付かないです』





『当然に他にもあるんやろうけど
何故に今も働いているかは
本当に分からない事だらけですね』

と伝えました










職場の患者さんにも
“悪性リンパ腫ステージⅣ
全身転移”から

標準治療のみで
PETCTや腫瘍マーカーからは
悪性リンパ腫の転移などは全て無いと
判断する

と主治医に言われた方が居られました










色んな話を知り
色んな経験をして
とてもとてもとてもとても感謝を
しなければならないのに










自分は孤高との
向き合い方が分からない
煩悩爺いのままで
とても情けないですね









人肌恋しい時期に
善き御縁に恵まれた方々

その御縁を大切に
御自身との向き合いも大切に
お過ごし下さい





皆様の生活が善きものと成ります事を
願っております

                敬具