星のかけらを探しに行こう ~Andiamo a cercare i frammenti della stella~ -20ページ目

星のかけらを探しに行こう ~Andiamo a cercare i frammenti della stella~

仕事も、夢も、恋愛も、結局いつも七転八倒。

それでも僕は前に進みたい。
他の誰かになんて、なれないから。

進むも諦めるも覚悟がいるなら僕は進む。
近くて遠い、あのシリウスを探しに…。

自分が持ち合わせている資源の量を自覚できているかどうか。
有限である事を自覚し、

その有限の中で何をするか、何をしなくてはならないか。

それがしっかりと考えられて行動に移せる人、
それがプロです。

考える事は出来ても行動に移せなかったりする人は

プロではありません。
 

それは何故か?

結局は行動した結果がものをいうからです。
結果を出すのは行動だけだからです。


時間は有限。
その中で人が出来る事は限られてくる。

故に集中して物事にあたる必要がある。
ここまでは誰もが考え着く事でしょう。


ですが

僕はこの後の考え方にも

プロとアマチュアの線引きができるPOINTがある。
そう思っています。

それは何か?
足りない時間をどこから捻出するか?
この1点です。

アマチュアが考える事、
それは身近な存在との時間を減らす事です。


家族・友人・恋人。
自分とって近しい存在との時間を減らし、

その減らした時間を自分の事に充てます。
アマチュアはそこにいきつきます。


家族とは何でしょう?
友人とは何でしょう?
恋人とは何でしょう?


家族とは生活の土台そのもの。
アマチュアは自分の事に精一杯であるが故に

この生活の土台にまで目がいきません。
 

又、アマチュアはこの家族について、

非常に傲慢な考え方を持つに至ります。
(それは後日)


友人とは自らの証。
損得勘定だけでは計り知れないつながり。
そんなつながりを無視すれば、
結果的に

自らのこれまでの歩み自身を軽視することにつながります。


アマチュアは

仕事や夢に精を出せば出す程に

近しい存在との関係悪化や軋轢が生じます。
まず間違いなく、近しい存在は仕事や夢に対して、

いい印象を持たなくなります。

そうすると、次第に土台が根底が崩れていきます。


土台や根底が崩れたその上に

もし、仕事での成功や夢の実現が叶ったところで
それは泥船にひとしいものでしかありません。

 

 

無論、

プロも仕事や夢の為に時間を作らねばならない時もあります。
が、家族や友人との時間は最低限保ちます。

プロは時間が足りない時に自分自身の時間とまず向き合います。
内省を経てから外へ向かいます。
自らの中でも無駄を省き、

甘えを取り除き、その上で外に向かいます。


が、アマチュアは家族や友人という短絡的な方法をとります。
自分自身の内省はしないに等しい中で削っていきます。

資源の有限さに気付いている人ならば、

絶対に削ってはならないものが在る事を知っています。

が、アマチュアはそれを知りません。

分かる人にはわかる今回のテーマ。

このブログをテーマを思い切って変えた。

この数年は僕はいろんなものを追い求めてきた。
あるものは手に入り、

あるものはあと僅か、

あるものは逆に手のひらから零れ落ちた。

でも、手のひらから零れ落ちた事で

逆に手のひらから零れ落ちたものの大切さと、
それを手にする事のむずかしさを今、改めて痛感する。


それに加えて。
如何に代用でそれを埋めたところで代用は代用に過ぎない。
代用でいかに埋めようが穴が開いた事実は残る。

犠牲にしてきたものは取り戻せない。
同じようなものをもし、手に入れたとしても、

それは同じようなものであり、同じものではない。

だからこそ、僕は僕の星のかけらを探しに行こうと思う。
僕の夢の、僕の人生の、僕のこれから先の、星のかけらを。
 

心に襞(ひだ)を多く抱える人間は
それだけ多くの艱難辛苦を乗り越えてきた人であるという。
そして、そんな人は様々な、出来事に強いという。

だとすれば、

僕はごく最近の多くの出来事を心の襞にできれば、
より一層、強くなるという事なのか。