子どもが成長するうえで
挫折も経験のひとつですから、
失敗をすることも人として成長し、
生きていくためにとても大切な経験。
だけど、
なかなかこの「挫折」を上手に体験させるというのは
難しくなってきました。
この時期、入園、入学、入社と新しい生活に入って
少しずつ慣れてきた時期で
楽しくなっているはずなのに
受験や就活で希望する学校や会社に入れなかったなど
挫折を経験した子どもたちのトラブルが出てきています。
朝起きれない
だるい
眠れない
胃が痛い
やる気が起こらない
楽しくない
・・・・・・
「こんなはずじゃなかった」と。
子どもは、
「泣いたカラスがもう笑った」
という言葉があるくらい
辛いこともすぐに気持ちが切り替わって
進んでいくことができるはずでした。
成長期に合わせて、小さな失敗や挫折を乗り越えて
自信をもって、次に向かうことができる。
つまり、さまざまな人生における
トラップを乗り越えるための克服方法を知る
チャンスが、失敗や挫折でもあると思っています。
だけど、今は必要以上に
親が子どもを守ってしまっているのです。
子どもへの愛情だとは思いますが
子どもの表情に敏感になりすぎていて、
ちょっと寂しげだと
ご機嫌をうかがい、
ちょっと悲しげだと
必要以上に励ます。
何が悪いの?
と思うかもしれません。
でも、その加減が成長には必要なんです。
子どもが様々なことを乗り越えていくための
「耐性」を作らなくてはならないのです。
身体もそう。
何かあればすぐに薬で抑え、
必要のない症状にも抗生物質を与え、
免疫力や治癒力を低下させているのと同じで
心も同じ。
経験を失うことで、「耐性」を失っています。
耐性ができていない子どもが挫折すると
必要以上に傷つきます。
大きな×が付いたように
自分を蔑みます。
幼いがゆえに、誤まった受けとめた方をしてしまうんです。
「こんなことで?」ということにひどく傷つきます。
こちらも言葉や態度に気をつけないと
傷つけるつもりはなくても、
さらに傷つけてしまうことがあるんですね。
小さな挫折の上で、成功も重ねて、
自信をもっていくという流れが土台にあればよいのですが、
挫折しないように親が上手にほめて育て
失敗しないように親がその前に対処する
なのに、
子どもの成長以上のものを求めたり。
だから挫折が必要以上に大きかったりもするわけです。
子どもが小さければ、前述したように
親ができる限りのことをやってあげることができるけれど、
子どもがある程度大きくなり、
子どもが何を思い、どんな行動しているかわからなくなります。
あるとき、子どもが何かで自信を失い、
戸惑っている時でさえ
親はとりあえず、
原因よりも表面に現れているところだけを
取り除こうとするけれど、
上澄みしかとってないから、
底の方からすぐにでてきます。
だからすぐにうまくいかなくなって
親子間にも少しずつ溝がうまれます。
そして子どもは心よせる場所を失ってしまうのです。
親は子どものことを全部知っていると思う。
全部やってあげていると思う。
愛情あってことだけれど、
子どもの悩み、考え、乗り越えていく力を
つけてあげられなかったことで
子どもが大人になっても
乗り越えていく術を知らずにきているので
自信がない、やる気がない、気力がないと
ダラダラしてしまう。
さらには、せっかく始めても
すぐに妥協したり投げ出したり。
あるいは、全て人のせい、学校や社会が悪いと。
それを「ゆとり」とくくる大人もいたり。
ちょっと違う気がします。
今の子どもたちは情報が多いから
知識も豊富で、おませな感じがします。
年齢以上に大人っぽい子どもも多い。
だけど、経験していない分、
昔より幼いところもあります。
知っていたけど、わかっていなかったということ。
だから思っていた受けとめ方と異なって傷つくのでしょう。
と言っても、
親も挫折知らずに育っているので
「挫折」をネガティブに捉えすぎて、
経験を逃してしまうのかもしれません。
「挫折」は一見辛そうです。
だけど、悪いことばかりじゃありません。
上手に挫折をして乗り越えた人は、逞しくなります。
次に出会うしんどいことへの対処を一つ学んでいるから。
二つ挫折を経験すれば
二つ、それ以上のしんどいことも乗り越えられるかもしれない。
挫折したことを笑いながら話せるようになった時
きっと、挫折した人に上手に寄り添うことができます
挫折は弱い自分を知るけれど、
人の優しさに気づき、
人の弱さもわかってあげられるようになるんです。
結局、そういうことが「成長」なんです。