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私と家庭と地球のケア

チャイルドケア講師でセラピストのミセスカモミールが、自然療法と家庭教育で日々の暮らしをていねいに考えていくブログ。

世の中、SNSの普及もあり
自分のことを知ってもらう機会も増え
自分のことを知りすぎている他人が増えていることも確か。
自分の領域も他人の領域もごちゃごちゃ。

まぁ自分たちで広げているんだし、
それをていねいに見てくれて、コメントくれて
「あなたのことを知っているよ、見ているよ」とアピってくれるのも
とてもうれしいことだけど。

たまに・・・

「ここは黙ってて欲しかったんですけど・・・・」

という
身勝手な発信者の気持ちっていうのも
絶対あると思います。

コメントによっては
発信している内容から方向性が変わってしまって

「そんなつもりじゃないんですけど・・・・」

となることもありますよね。
必要以上にプライベートを晒し
必要以上にプライバシーに入っていく

個人情報がウンタラという時代なのに
それとは全く違う方向で
昔よりも情報がダダ漏れになっています。

昔はさ・・・・
日記だって鍵がかかってたのにね。
自分の気持ちをそんなに簡単に
人様に晒すことはなかったんですね。

だから、どんなことを晒しても良かった。
いえいえ、逆に自分のことを自分だけが客観視できたから
逆に自制もしていたかもしれません。
心の内というものを大切にしていたんです。

でも今は、心の内が本音ではない?感じがします。

今は自分の気持ちを人に晒す機会を自ら作っているから
自分のためというよりは
人のための自分になっているように思います。

どんなふうに人に見られるか
どんなふうに人に読まれるか
どんなふうに人に認めてもらうか・・・・・

ええかっこしい屋の人たちが増えました。
ええかっこしい・・・それはそれでいいと思います。
でもかっこうつけている割には
自信がないとか
人が怖いとか

もうそこで全て
自分ではない自分を演じている事に気づかないとね。
自分の本音ではない言葉を綴っているから
自分のついている「嘘」に自分で怖くなっているんだと思います。

私みたいに言いたいこと言えてると、
何を言われても気にしない(ホントはちょっとは気にするけど)

FB疲れ、twitter疲れ、ブログ疲れ、インスタ疲れが
最近増えているようです。
自分の情報も人の情報も
うっとおしい、面倒くさい・・・だそうです。
それは
必要以上に自分の領域に人が入ってくることや
必要以上に他人に関心を向けないといけないことに
気づき始めているんだと思います。

すぐに反応しなければならないという恐怖感
すぐに反応があるという恐怖感。
どっちも、距離感と時間をストレスにしているからもったいない。

距離感や時間は、使い方では最高の思いやりにもなるんです。
そして、魅力の一つにもなると思います。

ちょっとミステリーな方が
逆に人は興味を持つし
ちょっと知らないでいることの方が
相手を気にかけてあげられるのではないかと。

人の目がないからこそ、
自分のことに集中して打ち込めたり
深く物事を考えることもできるように思います。

なんて、ブログで吐露しているんだから
私もどうかと思うけど。

でも私の場合はいつもおなかの中にある気持ちが
リバーシブルで、全部出ちゃって
格好つけるとかではなく、
世の中に物申す的な利用をしているので、
またちょっと違うかもしれません。

2001年からブログをやってます。
お休みしたり、毎日更新したりしていた時期もありますが
常に本音を言える自分でいようと
日々精進しています。

そうすることで投げかけた言葉は
いちいち、個々の領域に入らずとも
必要であれば必要な人の必要な領域に入るだろうし、
直接その反応は戻ってこなくても
必要な時に必要な領域で私のところに反応として
戻ってきます。
今はそれで良い感じのように思います。