平成時代…、それはどこかへ出かけたい一心で過ごしてきた時代。大まかに分けると、第1期が"旅との出会い、そして別れ"。第2期は"あるべき旅のスタイルを極めていく"。第3期からは原付シリーズもスタート。旅行史を振り返りつつ、"時代の変化に取り残されるな"!


めぐ「ということで、今日は2021年5月23日。平成という時代が終わって、3年目が始まったところになりますか。2年遅れてようやく、ライブドアの旅行ブログが"平成"を終えまして…。」

平成最後の原付シリーズ、第1夜。

 

 


平成時代の最後を飾る小旅行、第1夜へ。

 

 



めぐ「平成の旅行史を振り返るように、少しまとめてみました。それでは、…どうぞ。」

2019年4月27日(土)午後7時33分 名古屋市中村区・名鉄名古屋駅

4.名鉄名古屋19:34発→木田19:59着 普通/佐屋行き 3558
 平成最後であろう乗車列車は、まさしく合わせたかのように3500系機器更新車両。元々平成初期に登場し、短期間に34本がまとまって投入された。この『平成』時代を全うし、電子機器類の劣化も進んでいたことだろう。

 2003年2月11日、全てが始まった日。使ったのは名鉄のフリーきっぷで、自動改札に対応していない駅も多かったこと。あまり遠くない範囲ながらも、旅先で得られる開放感や不安感。その感覚は新鮮なものであった。行動範囲は以後、着実に広げていく。


 2005年は愛知万博が開催。中部国際空港の開業など、名古屋近郊の交通事情に大変化が生じた年。青空フリーパスシリーズも始めており、現在へつながる旅行スタンスの礎となった。この頃からすでに東は関東、西は四国へと到達。在来線での日帰りが可能なことを実感している。

 

 2006年、東北へ進出。自らの手で宿泊を伴う、初めての3日間であった。この時はしっかりホテルを予約していたのだが…。


 2007年は野球観戦での遠征を敢行。千葉で迎えた夜はホテルを予約しなかったため、居酒屋で夜を明かすこととなった。この経験が"耐久旅行"として、現在もホテルを極力予約しない傾向として続いている。


 2008年からはネットカフェで夜を明かすのが主となった。夏は2週連続の東京ドームへ。その帰り道に大雨で"寸断"され、車中で1夜を過ごすこととなる。帰宅が叶ったのは翌朝のことだ。


 2009年は九州へ。熊本からは阿蘇を回るか、湯布院へ出るか。選択肢を決めたところで、実行したことに変わりはない。さらには広島の新球場や、房総半島1周にも手出し。東京の地下鉄も、最初に自ら踏み込んだのはこの年。


 2010年は雪にまみれて始まった。春になって四国4県を経て山陰へ進出後、旅行モノから少し離れる決断を下す。理由はいくつかあり、記録をまとめて世に出す準備がその1つだ。


 東日本大震災の起こった2011年は、再始動の年でもある。中でも伊勢内宮は長らく出向くことなく、ようやく訪れることができたのだ。そして交通機関の乗車カードも、磁気式から非接触ICへ移ろいゆく。


 震災翌年の2012年、2度目となる東北へ。岩手から秋田、青森へ達する。まだ遠い春と共に、深く残る傷跡。未知なる食や、思いがけないハプニング。旅の魅力を実感した6日間だ。

 

 2013年も雪にまみれて始まる。北陸の乗っていない路線、車両。もちろん食も忘れてはいない。
 

 

 暑くなり、九州も2度目の遠征。こちらも宮崎から鹿児島、長崎に到達した。前後の関西や広島も併せて、まさに周遊という言葉が似合う5日間となった。


 2014年は更なる高みを目指す。一度制していた関東地方に、新しく加わった範囲を交えて再踏破。富士山吉田口五合目は、別れ際に奇跡の光景が出現し。富士五湖での出来事は予測不可能なものばかり。


 再び交通網が激変した2015年。北陸新幹線から東京都内のみならず、加古川から日本海へ出て大回りする欲張りよう。金沢市内もじっくり観光し、少しは進歩できたのではないだろうか?

 

 野球の"祭典"シリーズ初参戦もこの年だ。球場内を"色"で染め上げるのみならず、前後のイベントも併せて成立させている。

 

 いよいよ2016年、北海道へ上陸を果たす。日本最北端の地、宗谷岬。東へ進めば釧路湿原。名実ともに過去最大規模の旅行記となった。


 そんな2016年、原付スクーターの中古購入から新シリーズへ。鉄道旅行とは別の形で、行動範囲を広げていく。免許そのものは2011年に取得しており、実働半年でゴールド免許という…。


 2017年は3度目の東北。長らく出向かなかった山形県と、着実に復興を進める南三陸。奇跡の一本松へ至る道のりは険しく、長く見ることを許されない。


 野球観戦も完全に深みへと進んでいく。大阪ではそれぞれ異なる"色"に染まり、埼玉では快進撃を成し遂げた。サッカーにも久々に手を出した。何より深みにはまったのは、そこでしか食べられない"食"が大きい。


 2017年を締めくくったのは原付であった。名古屋でのファンフェスタからそのまま、原付を走らせ山間へ。宿泊のレパートリーに増えた選択肢は、夏場にしか使えないものと証明される。


 原付はポンコツのままでいられない。修理明けで出遅れた2018年、鉄道旅行を通じて甲子園球場へ進出。祭典シリーズはさらなる深みへと突き進み、東西を跨いで大盛り上がり。東京の地下鉄路線も同時に完全制覇を果たす。

 

 

 そして本格的な四国周遊も2度目だ。宿毛,奈半利,甲浦。末端3か所を回って帰ると、デジカメのデータが破損状態。何とか支障ない程度に復旧し、事なきを得た。

 



 2019年、平成時代最後の"祭典"。そして晩餐…。

2019年4月30日(火)午後6時22分 愛知県あま市

 そのまましばらくは何事もなく、ブログ用の文書を作成していた。この日も何事もなく、ブログ用の文書を作成していたところ。両親らは関市の"モネの池"へ出向いており、その足で一旦帰宅後。同行したうえでラーメン店にて食事することとなったのだ。

 

 

めぐ「ということでこちらと同様、ライブドアブログのほうもぜひお越しくださいませ…。今回は以上です。」
(おわり)