
めぐみ「こんにちは!1914年1月23日。名古屋鉄道の前身である名古屋電気鉄道によって現在の枇杷島分岐点から須ヶ口を経て新津島、現在の津島ですけど津島線として開業しました。そして時が流れた2014年、津島線は開業から100周年を迎えます。今回は私も主に利用する、そんな名鉄津島線をまとめてみました。」
特別編・約6KBでそれなりにわかる名鉄津島線朝と深夜に運転される一部の列車を除いて尾西線佐屋、弥富まで直通運転しているためこれらは同一路線とみなす。待避駅はないため、線内で乗った列車は佐屋もしくは須ヶ口に必ず先着する。

1.特急
性格上、津島線系統の特急は特急停車駅でない須ヶ口にすべて停車する。
以前は佐屋~吉良吉田間、日中1時間おきの運転。基本的に津島から須ヶ口の間に停車駅がなく、さらに全車特別車とあって追加料金抜きに"乗っていけない列車"であった。但し全特急が勝幡と木田を通過するわけでなく、正月に豊川稲荷への臨時直通特急を木田から利用したことなどがある。この特急は甚目寺にも停車していた。
後に勝幡と木田は正式に特急停車駅となった。ついでに1往復だけ津島~蒲郡間の運転であった。大きな変化が表れたのは2005年改正でのこと。日中は津島線内で特急が廃され、名鉄名古屋~西尾間の運行となった。車両は7000系に始まり、8800系や1600系がメイン。
2008年6月改正で全車特別車の特急は全廃。だが半年後のダイヤ改正で平日の夕方以降、一部特別車特急が河和線から佐屋まで乗り入れるようになった。これまでと異なり甚目寺にも停車する。これまで快速特急・ミュースカイが設定されたことはないが、設定されたところで停車駅に変化はないはず。1200系がメイン。

2.急行・準急
基本的に津島線内でも急行運転するものと、津島線内は普通になるものの2つに分類される。
物覚えついた頃、"前者"の急行は津島~蒲郡間の運転であった。現在と大きく異なる点としては津島行きも津島線内は急行として運転していたことだろう。名古屋本線で正式な急行停車駅でなかった栄生に停車し、さらに実際は西尾から蒲郡の間は普通となっていた。
後に佐屋~西尾間の運転となり、佐屋行きは津島線内では普通となった。大きな変化が表れた2005年改正では特急の身代わりとして佐屋~西尾間の快速急行となり、実質的に時間が入れ替わった形になった。これまで停車していた栄生は通過となったが、佐屋行きが津島線内で普通となる点は変わらず。ここまで3000系列は使われていなかった。
2008年6月改正で西尾~吉良吉田間のワンマン運転が終了し、これまた身代わりとして以前の特急よろしく佐屋~吉良吉田間の運転となった。さらなる身代わりとして快速急行が増発となったが、なぜか日中の吉良吉田行きは毎時2本中1本が名鉄名古屋発で変わらず。ついでに西尾線内で準急となる列車は、この改正で新たに開業した南桜井に停車する。ここから3000系列も使われるようになる。
変わったパターンは2005年から2008年にかけて存在した津島線内だけ急行となる知多半田行きであり、やはり身代わりであった。こちらは3000系列も使われている。
"後者"は弥富~碧南間の運転であり、名古屋本線では栄生の他に二ツ杁・有松・中京競馬場前にも停車。三河線内は普通。その派生で猿投行きや鳴海発着、さらに急行停車駅でないはずの豊明発着の急行まで運行されていた。猿投行きはワンマン化以降、対応する7700系が使われた。
2005年改正でこれらは準急となり豊明にも正式に停車。三河線への乗り入れはほぼ廃された。知立行きはそのまま折り返さず、前後発弥富行きとなる。2006年改正からは弥富~東岡崎間の運転となり、前後~東岡崎間は普通となった。しかしながら津島線内に準急の設定はなく、なぜ準急のまま津島線内の各駅に停車させなかったのか疑問が残った。
その疑問に対し、答えが示されたのが2008年12月改正。
"前者"が準急となり、津島線内の停車駅は急行のまま据え置かれた。名鉄名古屋~吉良吉田間では急行となるが豊明にも停車する。また、正式に30分おきの運転となった。"後者"は須ヶ口~名鉄名古屋間も普通として、豊明発着で運転されるようになった。
さらに2011年には平日日中の準急が廃され、津島線は毎時4本に減便された。折しも震災による電力事情が重なり、他所から言われずとも"節電ダイヤ"となってしまった。
また平日朝には須ヶ口発佐屋行き急行が設定されている他、平日夜に須ヶ口行き急行が2本設定されている。

3.普通
全期間通じて、日中は基本的に須ヶ口で名古屋本線の急行と連絡する。
昔は知多半田行きが佐屋発か名古屋本線から直通のどちらかであったが、時期的にもあいまいになってしまっている。それでいて佐屋行きは太田川方面からの直通に統一されていたのだから、よくわからないものだった。佐屋発須ヶ口止まりの普通から、名古屋本線から直通の普通に接続していた。過去には尾西線、森上行きも存在した記憶がある。
2005年改正で佐屋発に統一され、毎時1本は全区間普通の知多半田行き。津島線内だけ急行となる知多半田行きと普通須ヶ口止まりが毎時1本ずつとなった。佐屋行きは急行や準急に関連しないものでは、知多半田から直通が毎時2本と特急の身代わりに相当する須ヶ口発が毎時1本。
大きな変化が表れたのが2008年12月改正。須ヶ口から知多半田へは一切直通しなくなった。弥富行きは須ヶ口発となり、その折り返しが名鉄名古屋から準急となる豊明行き。その折り返しは神宮前から普通の佐屋行き。さらにその折り返しが、名鉄名古屋~吉良吉田間で急行となる準急で1往復。その次は須ヶ口行きの普通と、すべての運用をこなさなければ戻ってこられないという乱暴な状況に。平日夕方に佐屋行き特急運行の際、佐屋行き普通は本線の急行を待たずに須ヶ口を発車する。
2011年には平日日中の準急が廃され、津島線は毎時4本に減便。そのため弥富~吉良吉田間の往復と佐屋~須ヶ口間の往復という2パターンになったが、平日夕方以降と休日の全時間帯は変化なし。

4.平日朝
名古屋方面行きは線内全て普通で、名鉄最長の8両編成で運転される列車もある。8両のまま佐屋に送り込まれるか、尾西線からの直通を津島で連結するかの2パターンに分けられる。前者の場合は甚目寺から勝幡まで津島方面ホームが6両分しかないので、その間は後ろ2両のドアが締め切られる。須ヶ口発佐屋行き急行も前者に該当。後者は3本が該当するが、逆方向はかつて森上行きが存在した記憶があると書いておいた。その名残か『津島経由一宮』の幕が現在もあるらしい。また、後者で途中切り離しがある場合は実質的に嘘をつかれていることになる。
出典:Wikipediaなど。