運動と行動の秋。
ももか「…ってかさ、こんなの見て誰が喜ぶのよ?アンタだけじゃない。」
めぐみ「そうなんだけど…。」
ももか「大体ね…。この前のテレビでも日本が観光立国だとか総観光大使時代だとか言ってたけど、こんな道路ばっかり海外の方に見られたところで何が役立つってのよ?」
めぐみ「まあこれ趣味だし…。」
ももか「アクセスもないじゃない。」
ここまで"名古屋16区"のうち昭和区、天白区、名東区、中区、中村区、西区、中川区、港区、北区、東区、千種区、守山区を自転車で制覇。国道302号外回りも飛島から有松まで制し、ついに緑区に達した…。
新米ブロガー様、コメントはありがたいのですがここを参考にされても困ります…。
国道302号と1号の交差点上に架かる歩道橋を上がる。そこからの景色はさすがのもの。
続いて(南)南東方向。『桶狭間の戦い』の地も現在、離れて見る限りでは"斜面に建つ住宅街"でしかない。しかし夕暮れと相まってなぜか魅力的。
そして北西方向。まあこの手のものは離れてみるのが最も画になるものであって、特に用事もないのにわざわざ進んでズカズカ入り込むものではないだろう。さらに遠目に見えるのは…?
歩道橋から降りるときに見るこれは、太陽光による発電量なのだろうか?
ともあれこれで緑区を制覇した。ここから国道1号を熱田区に向かって進もうか。この付近は歩道付きの2車線となっている。
ただし大高緑地公園の入り口近くには中央分離帯もある。
緑地以外は住宅街だろう。
名鉄御用達の日本車両だが、鳴海製作所では鉄道車両は造っていないという。
しばらく進むと対面通行が終わり、中央分離帯のない片側2車線となる。その先で天白川を渡り、南区に入る。坂を下ると中央分離帯も設置済み。秋は日が短く、すっかり日も落ちてきた。
そして左手から高速3号の高架が近づいてきた。出発時に用意した水分が尽きてきたので、その手前のコンビニで麦茶を買っておこう。しばらくは高速の高架下を走ることになる。
すっかり日も落ち、笠寺あたりからフラッシュも使う。しかしその先の案内が"大津131km"とは、反対側の"静岡"とあわせてさすが天下の国道1号と言ったところか。
呼続で徳重から続く東海通と交差。その先も、名古屋競馬を横目に弥富市まで続いている。この国道1号もだが…。
その先で山崎川を越え、瑞穂区に入る。さあ残すはあ・と・ひ・と・つ…。
程なく国道は左へ折れることとなる。しかしここまでが意外に長かった。
折れてしばらくした先の高架は自転車など軽車両の通行ができない。そのため側道を通ることとなった。側道を通っていくとJRの踏切となり、その先の新堀川は少し迂回する形で渡る。
本堂と合流し、名鉄の高架をくぐる。ここからは車道の幅が非常に広い。そしてもうしばらく進んで国道19・22・247号との熱田神宮南交差点にたどり着く。
午後5時56分、これにて"名古屋16区"は完全制覇となった。ここからは国道19号、そして22号に沿って中心部へ進んでいこう。
国道は19号、そして22号もここが起点。長野270km、岐阜37kmとあるが剥がれていて見づらいのでどうにかしてもらいたい。
距離は両国道のものが並列設置。22号岐阜が41km、19号多治見が38kmとなっている。"国道の競演"中は車線数が多く、2手に分かれるまでそれは保たれる。
金山駅近くにあるのが佐屋街道の道標であり、現在は津島から続く県道115号の終点でもある。ここから県道で帰るわけではなく、そのまま若宮大通までひたすら進む。左に曲がりあとは休憩がてら、最終的に往路と同じく県道79号であま市まで帰ることができたと…。
実は出発時点で調子のよろしくなかった自転車に不安を抱え、"とりあえず緑区以外の3区だけ"とか"近辺の中古品店回り"という軽いもので済ませる考えも。しかし不思議と調子が上向いてそのまま緑区まで行ってしまい、合計距離は推定55.3kmと大台を超えてしまいました。時間も堂々7時間越えを記録。そしてそれらの酷使のために、帰ってきた頃に自転車はガタが来たのでした。
(おわり)
ももか「はい、まずは全区制覇おめでとう。」
めぐみ「どうもどうも。」
ももか「私はそんな興味ないのでこのへんにして。」
ではスペースが少し余ったので、…と言いたかったが少し事情が変わったので別の機会に。
楽天イーグルス日本一おめでとうございます。観たのは…、まだ創設2年目で弱かった当時の2006年でしたっけ?

(当日の試合前)
調べたところ、球団創設から初優勝までが思いのほか早かったようで…。でも初年度は97敗…。
…すいません、このへんにしておきます。
ももか「…ってかさ、こんなの見て誰が喜ぶのよ?アンタだけじゃない。」
めぐみ「そうなんだけど…。」
ももか「大体ね…。この前のテレビでも日本が観光立国だとか総観光大使時代だとか言ってたけど、こんな道路ばっかり海外の方に見られたところで何が役立つってのよ?」
めぐみ「まあこれ趣味だし…。」
ももか「アクセスもないじゃない。」
ここまで"名古屋16区"のうち昭和区、天白区、名東区、中区、中村区、西区、中川区、港区、北区、東区、千種区、守山区を自転車で制覇。国道302号外回りも飛島から有松まで制し、ついに緑区に達した…。
新米ブロガー様、コメントはありがたいのですがここを参考にされても困ります…。
2013年10月28日(月)午後4時45分 愛知県・名古屋市緑区有松

国道302号と1号の交差点上に架かる歩道橋を上がる。そこからの景色はさすがのもの。

続いて(南)南東方向。『桶狭間の戦い』の地も現在、離れて見る限りでは"斜面に建つ住宅街"でしかない。しかし夕暮れと相まってなぜか魅力的。

そして北西方向。まあこの手のものは離れてみるのが最も画になるものであって、特に用事もないのにわざわざ進んでズカズカ入り込むものではないだろう。さらに遠目に見えるのは…?

歩道橋から降りるときに見るこれは、太陽光による発電量なのだろうか?

ともあれこれで緑区を制覇した。ここから国道1号を熱田区に向かって進もうか。この付近は歩道付きの2車線となっている。

ただし大高緑地公園の入り口近くには中央分離帯もある。

緑地以外は住宅街だろう。

名鉄御用達の日本車両だが、鳴海製作所では鉄道車両は造っていないという。

しばらく進むと対面通行が終わり、中央分離帯のない片側2車線となる。その先で天白川を渡り、南区に入る。坂を下ると中央分離帯も設置済み。秋は日が短く、すっかり日も落ちてきた。

そして左手から高速3号の高架が近づいてきた。出発時に用意した水分が尽きてきたので、その手前のコンビニで麦茶を買っておこう。しばらくは高速の高架下を走ることになる。

すっかり日も落ち、笠寺あたりからフラッシュも使う。しかしその先の案内が"大津131km"とは、反対側の"静岡"とあわせてさすが天下の国道1号と言ったところか。

呼続で徳重から続く東海通と交差。その先も、名古屋競馬を横目に弥富市まで続いている。この国道1号もだが…。

その先で山崎川を越え、瑞穂区に入る。さあ残すはあ・と・ひ・と・つ…。

程なく国道は左へ折れることとなる。しかしここまでが意外に長かった。

折れてしばらくした先の高架は自転車など軽車両の通行ができない。そのため側道を通ることとなった。側道を通っていくとJRの踏切となり、その先の新堀川は少し迂回する形で渡る。

本堂と合流し、名鉄の高架をくぐる。ここからは車道の幅が非常に広い。そしてもうしばらく進んで国道19・22・247号との熱田神宮南交差点にたどり着く。

午後5時56分、これにて"名古屋16区"は完全制覇となった。ここからは国道19号、そして22号に沿って中心部へ進んでいこう。

国道は19号、そして22号もここが起点。長野270km、岐阜37kmとあるが剥がれていて見づらいのでどうにかしてもらいたい。

距離は両国道のものが並列設置。22号岐阜が41km、19号多治見が38kmとなっている。"国道の競演"中は車線数が多く、2手に分かれるまでそれは保たれる。

金山駅近くにあるのが佐屋街道の道標であり、現在は津島から続く県道115号の終点でもある。ここから県道で帰るわけではなく、そのまま若宮大通までひたすら進む。左に曲がりあとは休憩がてら、最終的に往路と同じく県道79号であま市まで帰ることができたと…。
実は出発時点で調子のよろしくなかった自転車に不安を抱え、"とりあえず緑区以外の3区だけ"とか"近辺の中古品店回り"という軽いもので済ませる考えも。しかし不思議と調子が上向いてそのまま緑区まで行ってしまい、合計距離は推定55.3kmと大台を超えてしまいました。時間も堂々7時間越えを記録。そしてそれらの酷使のために、帰ってきた頃に自転車はガタが来たのでした。
(おわり)
ももか「はい、まずは全区制覇おめでとう。」
めぐみ「どうもどうも。」
ももか「私はそんな興味ないのでこのへんにして。」
ではスペースが少し余ったので、…と言いたかったが少し事情が変わったので別の機会に。
楽天イーグルス日本一おめでとうございます。観たのは…、まだ創設2年目で弱かった当時の2006年でしたっけ?

(当日の試合前)
調べたところ、球団創設から初優勝までが思いのほか早かったようで…。でも初年度は97敗…。
…すいません、このへんにしておきます。