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レデンプトール宣教修道女会本部

「レデンプトール宣教修道女会」は、1957年、レデンプトール会のミュンヘン管区によって設立されました。
聖アルフォンソの精神に従い、レデンプトール会の宣教活動の全分野でともに働く修道女の共同体です。
日本ではカトリック鹿児島教区で1965年から活動を行っています。

2021年5月23日(日)聖霊降臨の祝日を私たちは、全世界の教会と共にお祝い致しました。キリスト教の始まりの日でもあります。12人の弟子たちが聖霊の恵みを受けて、全世界に広げて下さったので、私たちはこの鹿児島の地でも、全人類の救い主イエス・キリストを信じて生きております。弟子たちが受けた同じ聖霊に生かされて、キリスト者たちは、永遠の命に向かって日々生きて行けるのです。

 

1965年5月3日に西ドイツ(当時国名)ガルス・スタドルから、3人の姉妹が東京に到着しました。5月5日までレデンプトール会の兄弟たちとの出会い、鎌倉レデンプトリスチン修道会の姉妹達との出会い(観想会)など、日本の大都市での体験後に・・・その日は天候不順で高松空港経由で鹿児島空港へのルートになり遅れて到着したそうです。

 

記念の日を毎年思い出して、感謝のお祈りとささやかなイベントをします。今年は、当日は天気が悪くなりそうでしたので、3日の日に枕崎カトリック教会にステンドグラスが寄贈されたと、お聞きしましたので姉妹達で訪問いたしました。枕崎教会はレデンプトール会の神父様達が開拓された場所で、懐かしい思い出話しに案内して下さった信者さんと懐かしい、良い分かち合いの時間が持てました。感謝!!

 

              枕崎教会

 

 

「心のともしび」片柳神父様からのメッセージの分かち合いです。

 

 「こんなことをしても状況は変わらない」と思えば、何も始める気にならない。「これをすれば、状況が少しでもよくなるかもしれない」と思うからこそ、わたしたちは何かを始めようという気持ちになる。何かを始めるときどうしても必要なもの、それは未来への希望だろう。

 だが、どう考えても状況を打開する道筋が見えないとき、自分の力ではもうどうしようもないと思えるときもある。そんなときに、どうしたら希望を見つけて新たな一歩を踏み出せるのだろうか。

 わたしはそんなとき、祈るようにしている。「神さま、わたしはもう限界です。ここから先のことはあなたにお任せします。わたしを使って、あなたが道を切り開いてください」と、神の手に自分をゆだねるのだ。すると不思議なことに、これまで心をかき乱していた不安や恐れ、いら立ちの黒雲がすっと消え、いま自分にできることが見えてくる。「先のことを心配しても仕方がない。いま自分ができることに取り組もう」という気持ちになれるのだ。

 祈るとき、わたしたちの心に希望が生まれる。どれほど困難な状況に置かれたとしても、恐れず、前に一歩を踏み出す力が与えられるのだ。これは、キリスト教だけに限らないだろう。人間を越えた存在、わたしたちを見守り、導く崇高な存在への信仰を持つ人は、どれほど困難な状況に置かれても希望を持つことができる。人間の目には不可能と思えることを、可能にする力があると信じているからだ。神こそ人間が持ちうる最後の希望であり、神を信じるとは希望を信じるということ、最後まで希望を捨てないということだと言ってもいいだろう。

 どんなときにも希望を持ち続ける力、祈り続ける力を身につけたい。