今日は日曜日で母のデイケア通いはお休み、一日家でのんびり過ごしてもらう日です。

今朝は設計したお店の照明の換え方がわからないとのことで、ランプの交換に少しの時間外出しましたが、それ以外は母とテレビをたっぷりみました。
最近、毎日飲んでる睡眠導入剤(サイレース)の効き目も悪くなり、半錠では寝てくれません。
今夜は半錠を2回飲ませたのですが、なかなか効き目が表れません。
記憶力が夜になって低下してきたのか、僕のことも分からないようでした。

母:「先生、家に帰れますか?」(先生とは僕のことだと思います)
僕:「帰れますよ」
母:「それ持って帰ってもいいですか?帰ってもできると思うんですが?」
僕:「いいですよ・・ここが家ですよ。心配しなくてもいいよ」

よく考えると、母は仕事に来ていて、仕事が片づかないから帰れないと感じているのだと思うのです。

母:「どうしたらいいですか?」

家にいることは説明しても理解してくれないのです。

僕:「大丈夫だよ」
母:「これからどうなるんでしょう?家に帰れますか?」

この会話を繰り返すのでした。
対処に困るのですが、なんとか凌ぐしかないのです。
そのうち薬のお陰で眠くなり、なんとか床に着かせたのでした。

ふと、先日病院に診察に行ったときのことを思い出しました。

先生:「調子どうですか?幻視ありますか?」
僕:「グラマリールの効果かもしれませんが、徘徊や幻視はかなり抑えられているようです。
   でも、酷く元気がなくなって、放心状態のときもあるんです。ですから、グラマリールは
   酷い放心状態の日から飲んでません。」
先生:「そうですか、何か見えるんですね。」
僕:「徘徊や幻視が少しくらいあってもいいんですよ」
先生:「それじゃどうしたらいいんですか?」
僕:「元気や笑顔がなくなるのが、どうしようもなく見ていられないんです。」

先生はその後、治験の話しをし始めたのですが、たぶんそれまでの先生の処置は、家族の介護負担の軽減と本人の精神的負担軽減の為、症状を抑えることが最優先との考えに基づくものだと思うのです。
これは医師として正しい判断でもあるのですが、やはり人間らしい状態を保つことが、もしくは「人格」を保つことが、本人にとっても僕にとっても必要なことだと思うのです。
これは誰にでも当てはまることではないようにも思いますが、僕にとってはとても大切なことなのです。

徘徊や幻視が少しくらいあっても良いと言えるのは、この介護にわずかながら慣れたからでしょう。
数年前は決して言えなかったと思います。

少しでも長く、母としていて欲しいですね。
たぶん、言葉を発しなくなっても、体が動かなくなっても母は母なのですが・・・