今日はいろんなことがあった。
今日は土曜日、母はお休みで家にいる日です。
昼間、知りあいの人が経営するグループホームの開所前の見学会がありました。
吹雪の中、見に行ってきました。
今日のブログはこれに決まりと珍しく書く前からテーマを決めていたのですが・・・
夕刻からいろんな事件があって「グループホーム」は明日までお預けにすることにしました。
さて・・・
今日は4時頃から洗濯をし干しに2階に上がると、姿が見えぬと母は不安そうに僕を捜していました。
考えてみるとこのころから様子がおかしかったのかもしれません。
その後6時頃から食事の用意を始めました。
6時45分頃、居間に居たはずの母の姿がありません。僕のいる台所のとなりが居間です。居間と台所の境には大きなトーメイガラスの引き戸があり、ガラスの向こうに居間が見えます。母の座ってるはずの椅子まで距離2.5mほどです。大きな声で呼べども返事はありません。家中探しましたがいません。いつも履いてるスニーカーもあります。
何処に行ったのでしょう?僕は不安を感じずにはいられませんでした。
トイレに籠もっているのか?
2階の暗闇にいるのか?
返事がないのはどうしてか?
外は雪、道路を10㎝に満たない圧雪が覆っています。そのうえ日が暮れて暗い。
こんな時に外へ行くか?
道路まで出て見るが母の姿はありません。
しかし、家の中にいないので外しかないのです。
よく雪の上を見るとスリッパの足跡があります。
‘しまった、徘徊だ!ここ数ヶ月、いやっ、ここ1年以上徘徊はない。散歩で近所を回る程度しかない。’
何処に向かったのかもよく分からず、兎に角、車に乗って急いで探します。雪がある上、暗く。迷いやすいのに探しにくい状況です。困りました。オマケにスリッパです。付近を一回りし、小路の先までよく眺めました。見つからないので一度家に戻りました。
これ以上暗くなると、更に探すのが困難になります。
7時1分、110番に電話しました。
僕:「認知症の母が徘徊しています。探してください。」
警察:「お名前と住所は?」
僕:「○▽□子、年齢70歳、茶色のカーディガンに、濃い緑のズボン、赤いスリッパ、髪は白髪で肩まで、僕は息子です。住所はかくかくしかじか・・」
警察:「分かりました。今ご自宅ですか?」
僕:「はい。」(いやなよかん。)
警察:「それではそこで待っていてください。今から警察官が打ち合わせに行きますから。」(お~い、勘弁してくれ!)
僕:「打ち合わせの必要はありません。僕はこれから探しに行きますから、来てもいませんよ。」
警察:「でも打ち合わせしないと・・・」(事件は現場で起きてるんじゃ!!)
僕:「直ぐに探してください。雪の中スリッパで歩いてます。」
警察:「直ぐ行きますから・・」(くどいね~。)
僕:「以前も探して頂いてますが、直ぐに対応してくれましたよ。」
警察:「あ~、分かりました。」(状況認識が足りないよね~。)
その後、僕は直ぐに車で探しに出かけたのでした。しばらく走ると向こうから、おんぶした人が来ます。
背中に担がれているのは赤いスリッパの人です。うちの母のようです。
親切な方が負ぶって家を探してくれたようです。優しい30代の男性に感謝です。
車が渋滞することもあり、その男性にお礼を言い、直ぐに車で家に戻りました。
スリッパなので滑り、転んだ様子です。腰を押さえていました。
‘少し、警察に電話するの早かったかなぁ。いや、そんなことはない。暗くなったら見つからなかったかもしれない。’と思い巡らせながら、自問自答するのでした。
寒くて震えているので、出来かけの夕食を暖め、直ぐに食事にしました。
寒いので暖かいシチューを急いで食べていました。スプーンが上手く使えずにいたので、やや早めのピッチで口に運んであげました。程なくお腹一杯になったようでお茶が欲しいと言いました。
‘人使い荒いなぁ’と思いながら、お茶を入れ、その後、‘早く寝た方が良いかなぁ’と睡眠導入剤を半錠飲ませました。急いで食べたせいか、先ほどからゲップをしています。その後です。ゲップどころか食べたもの全部吐いてしまったのです。‘あ~、あ~、あれあれ’‘急ぎすぎたかなぁ’と思いながら様子を伺うとこれ以上出ませんって顔していました。タオルで顔を拭いて、周りを片づけました。
すると今度はガタガタと震え始めたのです。体をさすっても、様子は戻りません。ストーブを近づけ、ホットカーペットの上に硬直した体をやっとの事で寝かせ、毛布を掛けて体をさすりますが、
母:「こんなになるのはじめてや~。」(ガタガタ、ガタガタ・・)
僕:「大丈夫~」
こんな母の姿は見たことがありませんでした。そこで、またもや・・・
8時26分、119番です。なぜこんな事に・・・
消防署から間もなく救急隊が到着です。
先ほどより症状がよくなったようでしたが、状況を説明し病院にいくことになりました。
救急車の車中で
救急隊:「どっか病院掛かってますか?」
僕:「大学病院です。」
救急隊:「何科?」
僕:「神経内科です。」
救急隊:「なんで?」
僕:「う~、痴呆・・(小さい声)」(母は隣で意識があります。)
救急隊:「薬のんでますか」
僕:「アリセプトそれからサイレース」
救急隊:「なんの薬?」
僕:「痴呆・・・」(何度もいわすなよ、聞こえてるだろ!!!)
それから、近くの救急病院に着き、先生に救急隊が説明しています。
救急隊:「痴呆症でかくかくしかじか・・・」(おい!聞こえるだろ!!!!)
救急隊:「昨日も吐いたそうです。」(そういえば、母に昨日も吐いたの?って聞いてたな。)
僕:「それは違いますよ」(認知症の人に聞いて、鵜呑みにするな!!)
救急隊:「息子さんは違うと言ってますけど、本人はそう言ってました。」(おいおい!!)
なんと対応する医師は以前胃カメラの件で僕に認知症の患者の扱いでひとこと言われた人なのです。
そんな予感がしたのですが・・・まさかね。
この医師また、母に問診しまくり、そんで鵜呑み・・・、検査無し、大丈夫って言ってるから大丈夫みたいな感じ・・・、確かに様子は落ち着いてきたが・・・、滑って転んでることや、徘徊のことすべて説明したが・・・、オマケにどうしますかって聞くし、
僕:「しばらく休ませてもらえませんか」
なんとか、しばらくここで様子をみることができる。点滴も入れてくれた。
看護婦さんは心配してくれてるようだ。
妹に連絡し、迎えに来てもらった。10時半頃に家に戻った。11時半に漸く母は床に就いた。
‘救急車安易に呼びすぎか?でも、対処にこまるよ。どうしたらいいの?’と思うのでありました。
なんだか、認知症は十分認知されてないから「認知症」なのか?と思うほど、酷く認識が低い。
世の中、認識が十分でなく苦労している人沢山いるでしょう。これもその一つのようです。
自分が癌だと知らない癌患者も同様ですよね。
無知、無関心。困りものです。
医者!!これでいいのか!救急隊も!よく聞け!!それから警察もだ!!
勇気があるなら、コメントいれろ~!!
今日は土曜日、母はお休みで家にいる日です。
昼間、知りあいの人が経営するグループホームの開所前の見学会がありました。
吹雪の中、見に行ってきました。
今日のブログはこれに決まりと珍しく書く前からテーマを決めていたのですが・・・
夕刻からいろんな事件があって「グループホーム」は明日までお預けにすることにしました。
さて・・・
今日は4時頃から洗濯をし干しに2階に上がると、姿が見えぬと母は不安そうに僕を捜していました。
考えてみるとこのころから様子がおかしかったのかもしれません。
その後6時頃から食事の用意を始めました。
6時45分頃、居間に居たはずの母の姿がありません。僕のいる台所のとなりが居間です。居間と台所の境には大きなトーメイガラスの引き戸があり、ガラスの向こうに居間が見えます。母の座ってるはずの椅子まで距離2.5mほどです。大きな声で呼べども返事はありません。家中探しましたがいません。いつも履いてるスニーカーもあります。
何処に行ったのでしょう?僕は不安を感じずにはいられませんでした。
トイレに籠もっているのか?
2階の暗闇にいるのか?
返事がないのはどうしてか?
外は雪、道路を10㎝に満たない圧雪が覆っています。そのうえ日が暮れて暗い。
こんな時に外へ行くか?
道路まで出て見るが母の姿はありません。
しかし、家の中にいないので外しかないのです。
よく雪の上を見るとスリッパの足跡があります。
‘しまった、徘徊だ!ここ数ヶ月、いやっ、ここ1年以上徘徊はない。散歩で近所を回る程度しかない。’
何処に向かったのかもよく分からず、兎に角、車に乗って急いで探します。雪がある上、暗く。迷いやすいのに探しにくい状況です。困りました。オマケにスリッパです。付近を一回りし、小路の先までよく眺めました。見つからないので一度家に戻りました。
これ以上暗くなると、更に探すのが困難になります。
7時1分、110番に電話しました。
僕:「認知症の母が徘徊しています。探してください。」
警察:「お名前と住所は?」
僕:「○▽□子、年齢70歳、茶色のカーディガンに、濃い緑のズボン、赤いスリッパ、髪は白髪で肩まで、僕は息子です。住所はかくかくしかじか・・」
警察:「分かりました。今ご自宅ですか?」
僕:「はい。」(いやなよかん。)
警察:「それではそこで待っていてください。今から警察官が打ち合わせに行きますから。」(お~い、勘弁してくれ!)
僕:「打ち合わせの必要はありません。僕はこれから探しに行きますから、来てもいませんよ。」
警察:「でも打ち合わせしないと・・・」(事件は現場で起きてるんじゃ!!)
僕:「直ぐに探してください。雪の中スリッパで歩いてます。」
警察:「直ぐ行きますから・・」(くどいね~。)
僕:「以前も探して頂いてますが、直ぐに対応してくれましたよ。」
警察:「あ~、分かりました。」(状況認識が足りないよね~。)
その後、僕は直ぐに車で探しに出かけたのでした。しばらく走ると向こうから、おんぶした人が来ます。
背中に担がれているのは赤いスリッパの人です。うちの母のようです。
親切な方が負ぶって家を探してくれたようです。優しい30代の男性に感謝です。
車が渋滞することもあり、その男性にお礼を言い、直ぐに車で家に戻りました。
スリッパなので滑り、転んだ様子です。腰を押さえていました。
‘少し、警察に電話するの早かったかなぁ。いや、そんなことはない。暗くなったら見つからなかったかもしれない。’と思い巡らせながら、自問自答するのでした。
寒くて震えているので、出来かけの夕食を暖め、直ぐに食事にしました。
寒いので暖かいシチューを急いで食べていました。スプーンが上手く使えずにいたので、やや早めのピッチで口に運んであげました。程なくお腹一杯になったようでお茶が欲しいと言いました。
‘人使い荒いなぁ’と思いながら、お茶を入れ、その後、‘早く寝た方が良いかなぁ’と睡眠導入剤を半錠飲ませました。急いで食べたせいか、先ほどからゲップをしています。その後です。ゲップどころか食べたもの全部吐いてしまったのです。‘あ~、あ~、あれあれ’‘急ぎすぎたかなぁ’と思いながら様子を伺うとこれ以上出ませんって顔していました。タオルで顔を拭いて、周りを片づけました。
すると今度はガタガタと震え始めたのです。体をさすっても、様子は戻りません。ストーブを近づけ、ホットカーペットの上に硬直した体をやっとの事で寝かせ、毛布を掛けて体をさすりますが、
母:「こんなになるのはじめてや~。」(ガタガタ、ガタガタ・・)
僕:「大丈夫~」
こんな母の姿は見たことがありませんでした。そこで、またもや・・・
8時26分、119番です。なぜこんな事に・・・
消防署から間もなく救急隊が到着です。
先ほどより症状がよくなったようでしたが、状況を説明し病院にいくことになりました。
救急車の車中で
救急隊:「どっか病院掛かってますか?」
僕:「大学病院です。」
救急隊:「何科?」
僕:「神経内科です。」
救急隊:「なんで?」
僕:「う~、痴呆・・(小さい声)」(母は隣で意識があります。)
救急隊:「薬のんでますか」
僕:「アリセプトそれからサイレース」
救急隊:「なんの薬?」
僕:「痴呆・・・」(何度もいわすなよ、聞こえてるだろ!!!)
それから、近くの救急病院に着き、先生に救急隊が説明しています。
救急隊:「痴呆症でかくかくしかじか・・・」(おい!聞こえるだろ!!!!)
救急隊:「昨日も吐いたそうです。」(そういえば、母に昨日も吐いたの?って聞いてたな。)
僕:「それは違いますよ」(認知症の人に聞いて、鵜呑みにするな!!)
救急隊:「息子さんは違うと言ってますけど、本人はそう言ってました。」(おいおい!!)
なんと対応する医師は以前胃カメラの件で僕に認知症の患者の扱いでひとこと言われた人なのです。
そんな予感がしたのですが・・・まさかね。
この医師また、母に問診しまくり、そんで鵜呑み・・・、検査無し、大丈夫って言ってるから大丈夫みたいな感じ・・・、確かに様子は落ち着いてきたが・・・、滑って転んでることや、徘徊のことすべて説明したが・・・、オマケにどうしますかって聞くし、
僕:「しばらく休ませてもらえませんか」
なんとか、しばらくここで様子をみることができる。点滴も入れてくれた。
看護婦さんは心配してくれてるようだ。
妹に連絡し、迎えに来てもらった。10時半頃に家に戻った。11時半に漸く母は床に就いた。
‘救急車安易に呼びすぎか?でも、対処にこまるよ。どうしたらいいの?’と思うのでありました。
なんだか、認知症は十分認知されてないから「認知症」なのか?と思うほど、酷く認識が低い。
世の中、認識が十分でなく苦労している人沢山いるでしょう。これもその一つのようです。
自分が癌だと知らない癌患者も同様ですよね。
無知、無関心。困りものです。
医者!!これでいいのか!救急隊も!よく聞け!!それから警察もだ!!
勇気があるなら、コメントいれろ~!!