ネパール製品を日本で販売しその収益をネパールの学校支援に寄付していた時期に2回目のネパール旅をしたのは2012年10月26日~11月16日でした。11月には大きなお祭りが行われていてその行事を見る事が出来また支援している学校で校長先生・先生たちさらに子供たちとも交流出来ました。丁度交流に来ていたアメリカの大学生たちとトレッキングも楽しみ充実した旅行でした。当初の目的は商品の買い込みでした。その時にあちこちを案内してくれた友人が現地の高校の先生とネパールの貧困層の村に自立を促す支援を行っていました。丁度その村を訪問することになったので同行しました。カトマンズから車で3時間ほどかかってその村に到着!橋を渡ると村の看板が立っていてそこをくぐると村に入ります。それ程大きい川ではありませんが水が豊富で橋の向こうに水車のようなものが回っていたような記憶があります。村はこじんまりとしていました。ある家の2階に人が集まっていました。ローカーストの若い女性たちでした。階層の低い人たちは貧しく子供を学校にもやれないという貧困生活です。ネパールもヒンズー教のカースト制度の影響は色濃く働くこともままならないのが現状なのです。で以前から靴下の手編みの技術を教えてそれを買い取ることで利益を得る方法を支援してきて今日はその靴下の検品と支払いのために集まっていました。ですが検品すると多くは売り物にならない感じでした。その点は厳しくチェックしていました。でも自分の作ったもので収入を得る経験は自立に役立つという事での試みです。そこにネパールに滞在して支援活動を行っている友人に自分の孫を引き取らないかと言う話が舞い込んできました。貧しい人たちは子供もお金に換える人もいるようです。友人は即座に断っていました。そんな厳しいネパールの状況を目の当たりにした村でした。その村が今度の水害で村ごと無くなったしまったんだそうです。あの時靴下を編んでいた人たちはずっとその村い暮らしていたとしたらおそらく皆亡くなったと思われます。急にこの災害が身近に感じられました。天災は防ぎようがないので無事であることとご冥福を祈るしかありません。あれから14年の月日が流れていますがその間に大きな地震もあり今も復興最中なのにまた大きな災害が起き今後が心配です。気候変動は今後も氷河の崩落をもたらしまた災害が起きると予測されています。どうか同じような被害が起きませんように祈るばかりです。