今ネットで検索をすると最初にAIの説明が出てくるようになりました。説明も適格です。1方AIの新しい使い方を試すように指示されたりする画面が良く出てきます。こんなことできますよ!とその技術のアピール度が凄いです。ですがいつもスルーします。AIのいい面だけを宣伝している気がして。そのうち人間のしている多くの仕事がAI に取って代わられて仕事がなくなるとしたらどうして生活していくのでしょう!人手不足が言われている今日の救世主の様なイメージが広がっていますが、仕事がなくて生活に困っている人は世界中に多く存在します。先進国でも失業率は年々上がりそれなのに物価はどんどん上昇して先行きが不透明です。AIが発達しても人間の生きる充実感を生んでくれるわけではありません。
昨日TVでAIの「不都合な真実」という番組でこのAIのために貧しい人たちに記憶させるための情報を処理する仕事を担わせているという現実を報道していました。見るに堪えない映像の処理を毎日何時間もさせられて報酬はわずかと言う労働搾取が行われているという話です。華やかなAI技術を誇っている裏ではこんな真実が秘められていたと聞き驚きました。AIの市場規模は莫大になると予想されていてあらゆるジャンルで人間を超えるような働きをすると言われています。ですがそのAIを支えているのは貧しい貧困層の人たちなのです。これを聞いたときコーヒー農園で働く子供たちの実態を思い出しました。労働搾取は今も世界中で起きているという事でしょう。
もう一つAIに頼ることで人間の能力は低下しないか?という事です。すでにパソコンやスマホの登場によって物を記憶することもなくなってきました。検索すればいつでも見つかられるしまた保存機能を使えば番号も覚える必要もなくなりました。いつも記憶していた親しい人の電話番号も今や脳の片隅にもなくなってきてしまいました。試験と言えば覚えることがたくさんあって必死だったのですが今の子はどんなんでしょう!普段から記憶する訓練できていないのにその時だけと言うのは難しいのででは?電話番号を記憶させているスマホを開けるのにパスワードが思い出せない厄介な現象も起きます。こういうのを記憶の外部化と言うようですが外部化することは脳の刺激を減らし認知症を早めるのでは?とも危惧されます。AIと聞くと何だか素直に使用できない気持ちが働くのは抗う気持ちからかもしれませんね。