アスターナ古墳群は5~6世紀に反映した高昌国と唐代・西洲の住民の墓地です。門から入ると前には天女の像と干支の顔の像が並んで立っていて奥はお寺でした。そこの真横にこの古墳群はあります。といってもただ盛り上がった砂地があちこちにあるところで、「これがお墓?」と言う感じでした。その砂地の通路をたどっていくと小さい山の下に階段があり、中に入っていくようになっていました。細い通路の中に入ると突き当りに広い空間がありお棺が置かれていた場所になっていました、壁には4枚の自然の花を描いたものがありました。四季を描いたようです。この地は暑いのでこの墓の物はミイラ化して残っていたということでした。墓は役人や商人などによって描かれているものが違うようでした。この墓から当時の絹織物や文書、陶器、貨幣などが出土しています。お墓は文化財の宝庫なのですね。
トルファンのお昼はブドウ園での家庭料理でした。この暑さでクーラーのないところです。周りをツタのような植物で覆って布で区切られた広い場所でした。上には大型のプロペラ扇風機が回っています。この地の音楽とおどりを見ながらの食事です。ここの人々がかぶっているチビチェイカという帽子を被り、赤と金色の派手な民族衣装を身に着けた男性が タンバリンを持って登場し、黄色の民族衣装をまとった女性が音楽に合わせて踊ります。イスラム文化圏の踊りのようです。狭い場所をくるくると回り民族舞踊を見せてくれました。この地は中国と言う感じがしませんでした。やはりシルクロードには多様な民族の交流があったのが良くわかります。そのうち民族楽器胡弓にも似たようなものを演奏する人も参加しました。最後にお客を集めてみんなで円になって踊りました。その踊りの中で鳥のくちばしのような動作があって、みんながそれをするのでたくさんの鳥の集合体のようで面白い光景でいた。
トルファンは過酷な地ですが、たくさんの民族がここで交流し古くは4000年近くも前から文明があったようです。こんな過酷なところでたくさんの国が存在していたなんて驚きです。人間の逞しさを感じました。
次は最後のちウルムチに向かいます。何もない砂漠地が続くウルムチに向かう道路の両側に、おびただしい数の風力発電のプロペラが立っていました。バスを降りて名所となっている林立する風力発電を背景に写真を撮ることに・・・添乗員さん
「帽子は持っておりないほうが良いです。飛ばされます。」と降りて納得です。凄まじい風が吹いています。
「これなら風量発電できるわね。」と言いつつ髪の毛を抑えるのに必死でした。帽子が飛んだらもう取りにはいけないほどの風でした。風と共に砂も舞い目も開けていられないくらいでした。ここで人が住むのは困難でしょう!地球の大地の広さと力を感じる場所でした。








