子供のころお盆はお墓参りで草むしり、そのあとスイカを食べ、お供えのお菓子を食べるというのが楽しみだった気がします。それと異なりお正月は特別な印象があります。お年始といって親戚巡りをると必ずこれ少しやけれどとお年玉を頂けます。何だか一気に金持ちになったかのようで、何を買うというのでもなくて持っているだけでうれしかった記憶があります。でも結局使うのは学用品や学校の費用などで、社会全体が貧しかったからか当然のように受け入れていました。

 私の甥や姪の時代になるとお年玉は子供が好きなものをゲットできるお金として扱われ、一瞬にしてゲームのソフトなどに消えていきました。普段買ってもらえないおもちゃをゲットするということからうれしかったようです。でも物があふれている時代になっていたので、お菓子やプレゼントはたいして喜ばれなくなっていました。今の子供はどうなんでしょう。

 「お盆玉」と言うのが今ブームになりつつあるそうです。もともと地方の風習でお盆の日に上げていたお小遣いだったようです。なんでも山梨県の文具メーカーの商戦としてポチ袋のお盆版が火付け役のようですが、今シニアの間で広がっていて子供の3人に1人はもらっているという報道もあります。孫に可愛いからと言って服やおもちゃをあげても結局はあまり喜ばれず上げるのを躊躇する祖父母が多いみたいです。最近は子供のほうからプレゼント品を要求したり、お祝いも品物でなくお金が欲しいという風潮になっているみたいです。お金は使ってしまえばだれに貰ったとかいうこともなく消えてしまいます。そうなると人との結びつきは薄れてしまうと思うのです。プレゼントは手作りでと言うのが私のもっとうでした。赤ちゃんのエプロンをせっせと作ったり、セーターを編んだりなどなど趣味と実益を兼ねて作る過程も楽しんでいました。手作りだからこそそこに込めた思いが繋がると思うのです。ですが今は手作りは嫌がられるのかもしれません。

 何だか人と人に関係がお金を介して希薄になっているような気がしてなりません。お盆に会うおじいちゃんやおばあちゃんとの手作りの思い出残してほしいものです。