受け入れること、関わること | 鹿児島セラピスト目指し中えむのブログ

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プロセラピスト(カウンセラー)目指してます。鹿児島在住、自分らしく生きたいとやっと目覚めた50代。
学ぶなかでの気づき、日常のなかでのひらめき、ただの思いつき、迷い楽しみ心のままに書いてます。

こんにちは。
☆プロセラピスト(カウンセラー)目指し中♪~鹿児島在住のMです。

人を受け入れるって、思い込みも含めて全てを肯定するってこと。存在そのものを受け入れる。(言うは易しだけど…。)
それは関わることとは別。
受け入れてても、関わらない。こともある、当然。
反対に、関わってるのに、関わらないといけないのに、受け入れてない場合もある(わたしの場合、夫を受け入れる工夫中)。
自分を受け入れるのも同じ。思い込みを含めて全てを、存在そのものを肯定して受け入れる。わたしはふらふらしながら。
で、自分の気持ちを誰かに言えるのは、その存在を肯定してるからです。だからこそ、「あなたと関わってるとこう感じる」と言える。よいことだろうが、悪いことだろうが。
自分の気持ちを言わずに、相手の在りようを否定、あるいは批判するのはフェアじゃないよ。
「わたしは、あなたの○○が嫌い(面倒くさい、とかね)。」は、有り。「わたしはあなたを好きなのに、あなたの○○はおかしい」はアンフェア。
これもわたしの感じ方で、それぞれの感じ方、表現仕方はあっていいわけだけど。
それにしても、以前のわたしなら[怒り=受け入れられないってこと=関わりを断つ]だったけど。
今は[受け入れてる=怒りは出す=出したら消える=関わりがなお楽になる]と、すごいかわりようです。
あー、おもしろい。
ありがとうございます。