こんにちは。
人には、オモテの顔とウラの顔がある。たぶん誰にもある。横とか、上とか下とかもあるかもしれない。
自分のウラ側は、見たくない。無意識に無いことにしてる人も多いだろう。
そこを、できる限り見つめた。できる限りというのは、わからないところはわからないままだろうから。
そして、責めたり修正したり。とにかく悪いものとして、排除しようとしてた。
でも、それは、あっていい。あることが当たり前。ただあると知ってればいいだけ。知らなくても支障なければ知る必要さえない。
光があたれば、影もある。と、よく言われるけど、ただそれだけのこと。
でも、人によっては、光に照らされていることを忘れたり、眩しく感じて目を開けていられなかったり。あるいは、手をかざして光の邪魔をしてたりとか。
生きづらさを感じるなら、影の存在を知ることが役にたつのだろう。そうやって光の道筋を整える。光があたってることを確認する。
影の存在を知らないなら、知らないままで。知りたいなら、なるべくそのカタチのままに。勘違いの遠回りにならないように。さて、自分自身のことは、なかなかわからないけどね。
そして、ひとりでは、たぶんわかり得ないのかなー(まわりにわたしの光と影はうつりこんでます)。
ありがとうございます。
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