、カメラを持っての撮影の仕事は当たり前のようにめっきり減ってしまった(T_T)。しかし、外国から来る写真家のロケアシスタントの仕事は順調だった
。相変わらず技術は無いが、どこからか僕の噂を聞いて仕事が舞い込んだ。ある時、
写真家のウイリアムクラインが国技館の相撲の土俵の上でハイファッションに身を包んだモデルを関取が抱え上げる、キングコングのようにと撮影イメージをデレクターに熱く訴えた
。しかしデレクターは「土俵は神聖なところで女性は無理」、、。クライン「じゃーやめる
」と一言。ぼくもスタジオではよくこの手のやり取りを目の前で見た事があるが、ここまで熱く要望、いや願望する写真家は初めてだった。写真家はここまで権限があって、はっきりやりたいイメージが明確にが撮る前にあることを知った。しかし、残念
ながらクラインの思いはかなわず、スタジオで写真家のエルスケンがモデルさんを接近、激写しているのをクラインがひいて撮るということに成ってしまった。僕的にはエルスケンの手伝いもできたし、話もすることができたのでそれはそれで良かったが、クラインはつまんなさそうにしていつも以上に僕に話しかけてくれた。
「その時もらったのがフランスのゴロワーズの空のタバコの箱にサインしてもらった、宝物。」
そしてその夜、クラインの奥様と、もちろんクライン3人で焼きとリ屋。そこでもやっぱりどうしても国技館の土俵の上で撮影がしたかったとまるで大人子供
のように、何度も僕と奥様に訴えた( ´(ェ)`)。最後に、クラインが一言「写真家は素直にやりたいことをやればいいんだよ、それができるのが写真家なんだよ
」僕の目の前で焼き鳥のくしがオーケストラの指揮者が持つタクトのように舞った
。写真家ウイリアムクライン「かっこいい」。こうしてぼくはおぼろげな写真家のイメージが現実的になるきっかけの一つになってすべてがうまく行くと思っていたのもこの頃である
。しかし、写真はそんなに甘くないのである。(ノ_・。)