ジャンヌダルクとモンサンミッシェル3 | 世界遺産モンサンミッシェル

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Bonjourパンダ

皆様こんにちは爆  笑

日本は今、お盆休みの真っ只中ですね?
もちろんフランスも、ヴァカンス真っ最中です。

こちらに来て思ったのですが、キャンピングカーを利用して
ヴァカンスを過ごす方が多い!です。
キャンピングカー専用の駐車場もたくさんあるし、
日本みたいに、そういう旅が好きでキャンピングカーを持っている
というよりは、キャンピングカーでヴァカンスを過ごす、
ということがすでに一般的で、珍しくもないということ。

朝の通勤時に、キャンピングカーを横目に
歩いてコンシェルジュまで来るのですが、
朝からご夫婦でコーヒーを沸かして飲んでられたり、
子供達に朝食を用意する若いご夫婦だったり、
犬と遊んでいる人がいたり、様々な朝がそこにはあります。
休日を、自然の中でただのんびりする、
こんな贅沢があるでしょうか?
私も来年は、そんなヴァカンスを過ごしたい!です。
(どうなることやら。。。)

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さて、本日は、ジャンヌダルクとモンサンミッシェル パート3
題して「フランク王国時代」編!をお送りします。


さて、まずは前回までのおさらい。

708年に、大天使聖ミカエルのお告げにより、
オベール司教が建てた小さな礼拝堂。
これがモンサンミッシェルの起源となる建てものでしたね。

何度お告げを受けても、一向に行動を起こさない
オベール司教にハラハラしたのも束の間、
ここから始まる長~いモンサンミッシェルの歴史を、
今日も一ご一緒に学んでいきましょう~パー
それではしばし、お付き合いください。。

時は、今から遡ること、約1100年。
ヨーロッパは、このフランスを含む「フランク王国」が
建国以来の最盛期を迎えておりました。

「フランク王国」とは、5世紀から9世紀にかけて、
西ヨーロッパを支配したゲルマン系の王国のこと。
初期の王国は「メロヴィング朝」として栄えます。
その後、後半はメロヴィング家の権威が弱まり、
カロリング家が変わって実権を握ることとなりました。

この時代を「カロリング朝」と言い、この時代のカール大帝により、
フランク王国は強力な一大国家を築いていました。
そんなフランク王国も、王位継承の問題により内紛が続き、

843年

フランク王国は3つの国に分割されてしまいましたえーん
その結果、国家の弱体化が続き、、他国からの外敵に
狙われるようになりました。

特に、3つのうちの西フランク王国は沿岸部を
ノルマンやマジャールなどの周辺に住む他民族から
圧迫をされるようになります。

そんな中、モンサンミッシェルもまた、
ノルマン族のヴァイキングに脅かされる日々。
周辺の海で、あたかも自分たちの「庭」
のように振舞うヴァイキング。
略奪や暴走は日常茶飯事となっていました。

他の修道院では、こうした被害に遭うと内陸部へ
非難するのが当たり前となっていましたが、
モンサンミッシェルの修道士たちは、
決してその地を離れることなく、大天使聖ミカエルへ
捧げる聖堂を守り抜き、信仰を続けたのです。


911年

そんな中、西フランク王国内のセーヌ川、
ルーアンを拠点とし活動するノルマン族。
西フランク王のシャルル3世は、
ノルマン族に包囲されていたシャルトルの街を奪還しました。
そして、ノルマン族にある提案をするのです。
長年、ヴァイキングの侵略に悩まされ続けた西フランク王国。
その解決策として、ノルマン族に土地を与える代わりに、
ヴァイキングの侵入を防ぐように提案し、
ノルマン族の長、ロロと条約を結んだのでした。

ロロはキリスト教へ改宗することを条件に、シャルル3世から
「ノルマンディー公」の称号を与えられ、
西フランク王に忠誠を誓ったのです。
そして、徐々にフランク人に溶け込んでいったノルマン人。
現在、ノルマンディーと呼ばれているところは、
ロロが与えられた土地だったんですね。

なんだかちょっと話がそれてます?
いえいえ、これも大事な情報です三毛猫

話をモンサンミッシェルの歴史に戻します!

こうしてフランクに同化していったノルマン人。

966年

ノルマンディー公リチャード1世の命を受けて、
モンサンミッシェルにベネディクト会の修道院が設置されます。
ベネディクト会とは、現在も活動している
カトリック教会最古の修道会だそうです。

そして、これを機に、モンサンミッシェルは
現在の姿へ近づくべく、聖堂と修道院を増築していくのです。

1066年

7代目ノルマンディー公、ギヨーム2世は、
イングランドの王位継承権を主張し、
イングランド王国に侵攻します。

結果、ハロルド王を破って!なんと!
ノルマンディー公は、イングランド王に即位しちゃいました。

フランス王に忠誠を誓うかたわら、
イングランド王として君臨するノルマンディー公。
この複雑な関係が、どうやらのちの「百年戦争」に
少なからずの影響を与えたということです。。えーん


はい、本日はここまでです~。
長々とすみませんっアセアセ
もっと端的に書けたらいいのですが。。

なかなかジャンヌダルクにたどり着かないのは気のせい?
いえいえ気のせいではありません。
が、いましばらく、お待ちください。

さて次回は、「百年戦争」編です。

どうぞご期待ください!


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