現地からの支援活動報告・その1
やっとあちらに皆様からいただいたお金が届きました。
23日に届き、昨日24日、早速そのお金を使った支援が始まりました。
まず、1000ドル分をおろし、ぴったり6万ルピーに交換しました。日本円では12万円弱でしょうか。
同じくK町に住む、ムザッファラバードから奇跡的に生還した甥Sの父親Hなど、15人ほどでまだ支援の届いてない山奥の村に行ってきたそうです。Hは私の主人の義兄にあたります。
そこは報道に良く出てくるムザッッファラバードから、100キロ山奥のバーグという地域まで車で行き、さらに山道を歩いて5時間ほどの村です。
実は義兄Hの家のすぐ近くにあるモスク(イスラーム寺院と訳すのでしょうか)のイマーム(礼拝を先導したり、イスラームについて教えてくださる先生のような方)がその村の出身の方で、まだ全く支援が届いていないという情報がありました。
そこでイマームに道案内をしてもらい、K町から15人ほどで昨日色々な物資や食糧なども届けに向かったとのこと。
H以外の者は、それぞれ別ルートなどでいただいた支援金などで必要物資や食糧を調達していたため、Hは現金6万ルピーを持っていくことにしたとのこと。
現金なんて持って行って使えるのか?と私も疑問だったのですが、聞いてみて納得しました。
例えば家が壊れてしまった者は、山にある木や石などで家を作り直したいのだが、その木や石のある場所の所有者にはお金を支払わなければいけないとのこと。
そのための資金として使えるそうです。
もちろんまだテントは届いていませんし、歩いて届けるしか方法がないため、多くのテントを届けることは私たちには困難です。
その場所にあるものを使ってなんとか生き抜いていくしか今はないようです。
倒壊した建物がほとんどだけれど、村全体が潰れてしまっているわけではないようです。
また、現金を持つことにより近くの支援の届いている村にしばらく移住する決心がついたり、そういった所から被災者自ら必要な物資を調達することができる、とのことです。
義兄Hはその村の被災者に現金を小分けして手渡ししてきたようです。
詳しい情報が入り次第、またお伝え致します。