前回の話


「あの頃、私は“年齢差”よりも、“心の距離”の方が近いって思ってた。」



就職が決まって、春から私は社会人になった。


大した志望動機もないまま入った会社だったけど、

それなりに忙しくて、慣れない満員電車と、同期との会話と、上司の機嫌に振り回されて、

気がつけば、学生の頃とはまるで違う毎日を送っていた。


そんな中で、ときどきLINEが来た。


「新入社員、ちゃんと寝れてるかい?」

「食事だけはちゃんと取るように」

「忙しそうだけど、無理なくね」


絵文字もなく、事務的な口調なのに、

どこかに“気遣い”がある短文たちが、私は妙に嬉しかった。



ある日、仕事終わりに「たまにはご飯でも」と誘われた。


断る理由もなかったし、

むしろ、彼と会いたいと思っている自分がいることに、私は驚かなかった。


2回目の喫茶店。

仕事の愚痴を少しこぼしたあと、彼はこう言った。


「頑張ってるね。でも、頑張りすぎないように」


そう言われただけなのに、私は少し泣きそうになった。



社会人になってから、

“本音”で話す場所が極端に減った。


「友達」とも、「職場の人」とも違う、

この人との会話が、自分をちゃんと保たせてくれていた。


それに気づいた時にはもう、

彼に対しての気持ちは、「感謝」だけでは説明がつかなくなっていた。



帰り道、横並びで歩いていたとき。

ふいに肩が少し触れた。


離れようと思えば、すぐに離れられた。

でも私は、ほんの一瞬だけ――そのままにしていた。


彼も、何も言わなかった。



「きっかけは、いつも曖昧で。

でも、気持ちははっきりしていた。


この人といるときだけ、私は“素直な自分”に戻れた。」



はじまりの日記 第3話

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