千尋(31)は、週に一度通うジムで、

藤崎(40)と出会った。


初めて話したのは、タオルを取ろうとしたとき、同じタイミングで手が伸びた瞬間だった。


「どうぞ」


「いえ、そちらが先に」


そんな他愛ない会話が、意外と記憶に残った。


後日、偶然また会い、ロッカールームの前で少し立ち話をするようになった。


千尋は彼が2歳の娘を溺愛していること、仕事が忙しいこと、そして彼の声がやけに落ち着くことを知った。


「奥さんも運動するんですか?」


「いや、家のこととか娘のことで手いっぱいみたいで」


「…いい奥さんなんですね」


そのとき、千尋の胸に生まれた感情がなんなのか、自分ではまだわかっていなかった。