前回の話



飲み屋の個室。

グラスを交わすたび、

距離がほんの少しずつ、近づいていくのがわかった。


「ミキさん、お疲れさまでした」


「悠斗くんもね。就職、本当におめでとう」


「ありがとうございます……でも、

 なんか、寂しいですね」


「何が?」


「……ミキさんに、会えなくなること」


真剣な顔で、そんなことを言う。

お酒のせいだけじゃないのが、すぐにわかった。


私は笑って流そうとしたけど、

うまく言葉が出なかった。


ふと、二人の間に、沈黙が落ちた。


そのときだった。


「……ミキさん」


名前を呼ばれた瞬間、

彼が、少しだけ体を乗り出してきた。


なにか言うのかと思ったら、

そのまま、迷うことなく、

私の顔にそっと手を添えてきた。


そして、ふいに――

唇が、触れた。


一瞬、世界が止まったようだった。


「?!……悠斗くん」


戸惑い混じりに名前を呼ぶと、

彼はすぐに顔を離して、

不安そうに、私を見た。


「ごめんなさい……嫌でしたか?」


……嫌なわけがなかった。



胸が、震えるほど嬉しかった。

だけど、怖かった。


この一線を越えたら、もう元には戻れない。

それでも、

私は、目を伏せたまま、首を横に振った。


「嫌じゃ……ないよ」


小さな声で、そう答えた。


その瞬間、

悠斗くんは、もう一度、今度はゆっくりと、私にキスをした。


静かな個室の中、

グラスの氷が、カラン、と音を立てた。


どちらからともなく立ち上がり、

私は彼の手を取り、

何も言わずに店を出た。




この夜を、忘れられないと、

もうそのときには、わかっていた。



『今もまだ思い続けて 第4話』へ続くー