静かなホテルの一室。


何かを言えばすべてが壊れそうで、千尋は何も言えなかった。

藤崎もただ千尋を見つめるだけ。


「……怖い?」


「……ううん。嬉しい」


そう答えた千尋の言葉に、藤崎はそっと笑った。


ゆっくりと触れる唇。


指先が、体温が、言葉よりも深く千尋の心を震わせる。


「こんなこと、しちゃいけないのにね」


「わかってる。でも……」


その先の言葉は、甘い口づけに消された。


この瞬間だけは、何もかも忘れたかった。



けれど、ここを出れば――

すべてが現実に戻ることも、千尋は痛いほどわかっていた。