わたしは、「龍馬伝」を見ていて龍馬さんみたいな人になりたいなと思っていました。
それは、龍馬さんが自分の損得で動かないからです。


龍馬さんは、周囲から「弥太郎とは関わるな」「あんなやつと付き合って何の得がある」などと言われていましたが、そんなことは気にせず弥太郎さんと交流し続けました。


龍馬さんは、損得なんて考えず弥太郎自身が好きだった。(認めていた)
弥太郎さんも、龍馬さんの悪口を言いつつも龍馬自身が好きだった。(認めていた)

そんな人になりたいと目指してました。。。やっぱり難しい(苦笑)

ありのままを認める、損得を意識しない。
考えてやることではないのかもしれません。
囚われすぎて、自分が苦しくなったり負担になってしまうなら、一旦放す、ありのまま認められないときは距離を置いてもいい。

そしたら、見えてくるものがあるかも。
見えてこなくても、まぁいいか(笑)

いつかきっと・・・

カウンセリング心理学においての真の親密とは、
「自分も、そして相手もそれぞれの人らしい等身大の姿で存在することを認めること、その実現を信じられること」

自分も他人もありのままの姿で良い、認めるといこうとなのですが、私には少し疑問がありました。
それを解決してくれたのが「龍馬伝」の弥太郎さんと父・弥次郎さんです。


父・弥次郎は働かず博打ばかり、毎日お酒を呑んだくれています。
しかし、そんな父を弥太郎(家族も)は文句を言いつつも、父を気遣います。

ある時、父・弥次郎は不公平な出来事により大怪我を負わされてしまいます。その時弥太郎は、ずっと行きたいと願っていた江戸へ勉強を学びに行っていました。(留学みたいなもの?!)そこへ、父が大怪我をしたという知らせが入り「どこまで邪魔をするのか」と言いながら、本当なら土佐まで(弥太郎家族は土佐に住んでる)30日かかるところを朝も昼も夜も走り続け16日間で土佐へ戻ります。
それからも、弥太郎は父を思いあれこれと行動を起こすのですが・・・


これこそがありのままを受け入れることなのか!と納得。
弥次郎は所謂ダメな父親。しかし、弥太郎は良い父とかダメな父とかそんなの関係なくただ受け入れている。
また、父・弥次郎も子・弥太郎を良い息子とかダメな息子とか関係なくただ受け入れている。
そして、大切に思っている。


そんなんじゃダメと自分も相手も変えようと思いがち。でも、ありのままでも、いいんですね♪自分には自分の、そして他人には他人の力がある。存在がある。

ありのままの自分、ありのままの他人、その存在を認めることの意味が少し分かったような気がします。


弥太郎さん弥次郎さん、そして家族のみなさんありがとうございます。
「龍馬伝」色々気付かせて貰うことが多く楽しかったな♪






「幸せをよびこむ鉄板おしゃれ術」 植松晃士

たくさんの女子力UPなことが書かれていて、読んでいるだけで楽しかったり、胸に刺さって痛かったり(笑)

その中で一番頭に残り、ハッとさせられた言葉が・・・


「女であることにあぐらをかかない」


自分に手間をかけることは大切と分かっていても、面倒くささが勝りついつい手を抜いてばかりいました(苦笑)

わたしは、自分に制限を付けてしまう方で、こっちに構ってる場合じゃないとかこっちじゃない方にお金を掛けなきゃいけないからとか、そんな風に考えてせっかく女の子に生まれきたのに、ちょっと後回しにしてしまっていました。でも、そんなの関係ない!!だって、やっぱり女の子でいたい!!

大反省。。。
「女であることにあぐらをかき過ぎていました」


今は自分にちゃんと手間を掛けてます♪(自分に過度な負担にならぬよう☆)
すると、不思議なことに美容にいいことだけじゃなく、自分を大切にしてる感がグッと増しました。
自分を見る、触れる時間が長くなったからかな?!


植松晃士さんに感謝です。気付かせていただきありがとうございます☆