構造塾のブログ

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木造住宅の耐震に関する情報発信
構造塾のこと、日々考えていることなど

毎日アメブロの投稿をするぞ!
何度も決意して、何度も挫折しています・・。

 

なんでだろうと考えてみると、
何を書こう?
ここで止まってしまい、
書けない・・。
と、なってるようです。

 

何を書こう?という「内容」を考えすぎているようです。
この、何を書こう?とは、アメブロを読む「誰か」を意識しているのかも。


誰かが読んだときに、役に立つだろうか。
誰かが読んだときに、面白いと思ってくれるだろうか。
誰かが読んだときに、イマイチと思ったらどうしよう。


ここを意識するあまり、書く「内容」にこだわり、書けなくなる。
こんなことかもしれません。

 

まずは、「内容」など気にする必要はありません。
まずは、「習慣化」を最優先しましょう。
「内容」など何でもOK
完全に自分向けの内容でOK
毎日書くという「習慣化」ができるようになったら、
誰かを意識した「内容」を少しずつ考えていきましょう!

「目に見える人は、全て自分の一部」
意味不明ですよね・・。

 

例えば、
仕事のできる人がいる、尊敬できる人がいる、目指したい人がいる。
周囲にこんな人がいるときは、自分がその人たちに近づいている証拠です。
そう、
自分の中の仕事ができる部分、誰かに尊敬される部分、誰かに目指したいと思われる部分が、

具現化されて「その人」になっているイメージなのです。

 

そこに羨ましい、嫉妬してしまう、こんな人が現れたら、
「お、自分も近づいているな!」と、嬉しく思いましょう。

 

周囲に、お金持ちの人が現れてきたら、
「お、自分もお金持ちになってきている、お金持ちになれるぞ!」と、
嬉しく思いましょう。

 

例えば、
受験や資格試験などの会場に行ったら、そこにいる人たち全てが自分の一部と思いましょう!
だから「全員合格しよう!」と、思い込みます。
そして、
「ここにいる人は全て自分の一部、みんなの英知は自分のもの!」
「絶対合格する!!」
そう思い込みます。
ドラゴンボールの元気玉のイメージです。

ちなみに、勉強していなければ、みんなの英知はもらえませんからね。

 

例えば、
間の前に、ダメなことをする人がいた場合。
ごみをポイ捨て、煙草をポイ捨て、人の悪口を言うなどなど。
そんな時は「自分の中のダメな部分が吐き出された!」と、思いましょう。
きっと、ダメな部分が吐き出された自分は、良い人になっていきます(笑)

 

これが「目に見える人は、全て自分の一部」の意味です。
ぜひ、意識してみてください。

テレビを観ていたら、ある歌手が、
「歳を取ってきたら時代劇が好きになってきました」
と言っていました。

その方の好みの話なので、単に時代劇が好きになったのだと思いますが、
「歳を取ってきたら」という前置きは、少し違うのでは?と思いました。

  

考えてみてください。
昔話などに出てくる、お爺さんの話し方を。

「お婆さん、ここ最近は寒いのう……」
とか、
「今年の冬は雪がたくさん降っているようじゃのう……」

こうした話し方が、いつの間にかインプットされていませんか。

だから、自分がお爺さんになったときをイメージすると、
「すっかり歳を取ったのう……」
と、無意識に寸劇をしてしまう。

  

でも多分、こんな話し方にはなりません。

  

お爺さんになったから話し方が変わったのではなく、
お爺さんの時代には、子どものころから
このような話し方が一般的だったのかもしれません。

  

だから、自分たちがお爺さんになる頃も、
話し方は今のままなのだと思います。

  

この理屈でいうと、
僕たちが子どもの頃に見ていた、

お父さんやお爺さん世代の人たちは、
テレビ番組が今ほど充実していない時代でした。
当然、SNSもYouTubeもありません。

だから、時代劇が子どもにとっても
娯楽番組として人気だったのかもしれません。

  

同様に、
僕たちが子どもの頃に見ていた、

お父さんやお爺さん世代の人たちは、
歌を聴くといえば演歌が多かった。

だから、子どものころから聞き慣れている演歌が好き。
なのかもしれません。

  

そんな大人たちを見て育った、今の40代、50代の方々は、

歳を取ると、
「〇〇じゃのう」と話すようになり、
時代劇が好きになり、
演歌が好きになる。

そう思っているかもしれません……。

でも多分、そうはなりません。

   

歳を取ると変わるのではなく、
育った時代が、その人をつくっている。
そういうことなのかもしれません。