婚活の思い出(その2) | ぽこあぽこ~人生楽しんでなんぼ~

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日常のつぶやき・思い出・つらつら思うこと。
アラフォーのマタニティライフ。

一度だけ、告白されたことがある。

数少ない知り合いの中で、数人しか遊んだことのない異性。

友達だと、思っていた。

 

そして、友達で終わった。(早い)

全く恋愛経験がないことを話すと、じゃあ試してみようかという話になり、お付き合いスタート。

映画に行ったり、遊園地や水族館に出かけたり、食事をしたり、飲みに行ったり…。

 

その間、手を握ったことしかない。

中学生以上の清い交際?

友達以上恋人未満、までも進めない。

 

心は想像以上に正直だった。

 

いい人だと思う。嫌いではない。でも、恋愛対象としては見られない。

最終的に、プロポーズにどうしても「はい」と言えず、消滅した。

 

 

その後。

合わないなあ、と思い続けていた職場では異動があった。男性社員がほとんどいない部署で、ほぼ苦情係。

外からはお客様からの無理難題、脅迫まがいの電話対応。

中ではバイトさんの管理と質問対応。処理数を上げるため毎日の残業。難解な案件の処理だけがまわってきて、毎日対応に苦慮。とにかく電話が怖くて仕方なかった。

マニュアルに従って進める仕事のマニュアルは穴だらけ。

上部への質問の答えは数ヶ月後。しかも毎回違っている。

上司は保身に忙しい。(人によるが、絶対自分の印鑑ついてくれない方もいた。)

事故を起こしたら吊るし上げ。etc,etc...。

立場上仕方ないのだが、色々と自分のキャパを超えていた。

まず、精神的余裕が。

 

いつからか、「今日が無事に終わりますように」とだけ願いながら出社するようになっていた。

朝、まっすぐ職場に向えなかった。近くの公園で心を落ち着けてから、ギリギリで入っていた。

夜は過食が止まらず、もう口に入らなくなるまで2時間でも3時間でも食べ続けていた。

神経ハゲが、満月のように後頭部にできた。(自分では見えないため、他人に指摘された。最終的に幾つも広がり、ハーフウィッグを作った。結構高いんだコレが…。)

何より、先の希望が感じられなかった。

 

このままではダメになる、と鈍い自分でも気がついた。

 

生きていくために仕事をするのは当然だ。

壁があったら、乗り越えなくては解決しない。

でも。

でも、もうチョット別の道は、ないものだろうか…?

 

そんな時、親戚から見合い話が舞い込んだ。

 

すでにアラサーも超えていた自分に、そういう話があるとは想像だにしていなかった。

(詳しく聞いたら、初めは同い年の従姉妹への話だったらしい。タイプじゃないから断ったわ~、と後に本人から聞いた。)

二つ県をまたいだ相手だったが、そんな事は構わない。

結婚、ということを真剣に考えたことがなかったが、とりあえず会ってみようかという気になった。写真を見ただけではピンとこなかったが、まず会ってみないことにはどんな人だか判断のつけようがない。

初めて釣書を書き、スナップだが相手に送る写真を用意し、今まで着たことも無い女性らしい服を買った。

 

日取りが決まった。

3月12日の土曜日。

だいぶ遠方からなのだが、こちらの都合に合わせて来てくれるという。

両親が他界しているため、立会いはなし。(自分の側は母だけ、顔を見について来た。)

お互いいい年だし、本人同士でお話ししましょう、というわけだ。

直接話はしなかったが、場所のセッティングのために電話がきた時にはドキドキした。

声は良いし、話し方も常識的で余裕がある。

悪くないのかも?

 

そして。

前日。

 

大震災が、起こった。

 

そう、あの東日本大震災だ。

初めて、訓練ではない避難をした。丈夫に見えた社屋の壁には亀裂が入り、非常食が配布された。

何が起こったかわからず、連絡のつかない両親(当日、海辺に行くと言っていた。よりにもよって!)の身を案じながら、帰宅する手段も持たず呆然としていた。

 

見合い?

それどころではなかった。

 

どうにか夜に、親にメールで連絡がついた。

深夜には幸いにして通勤に使っている電車が復旧した。

兄が迎えに来てくれて、どうにかこうにか帰宅。

疲れきっていたので、その夜の記憶はあまりない。

状況の把握もろくにできていなかった。

 

だが。

奇跡的に、翌日の見合いは成立した。

 

 

 

その3に続く。