「夏目、星を見に来ないか?」


思い出すだけで頬が熱を持つ。
田沼はいつもそうだ。
いつも、
いつも、
いつも…


色んな思いと荷物をぎゅうぎゅうに詰めた鞄を抱え、寒空の下をただ走る。



*****

30分前



「うわあああっ!!」

バサバサと雪崩のように流れてくる本に襲われる。
てけてけと近付いて来たにゃんこ先生に見下ろされながらも目的を果たすべく周りを見回す。

「何をしておる、夏目」

「いてて…ちょっと探してる本があって。あ、これこれ!」

「んん?何じゃ、冬の星座?」

「星をね、見に行くんだよ、にゃんこ先生。だから予習しておこうと思って」

「星?何だ、つまらん」

「つまらなくないよ!田沼が誘ってくれたんだ」

顔が暑い。
赤くなっているかもしれないな…
そう思い、手の甲を頬に当てようとしたが、それより早くひんやりとした別の者の手が夏目の頬に触れる。

「ほぅ…そいつに誘われたからそんなに嬉しそうなんだな…夏目ぇぇー」

「うわっ、ヒノエいつの間に!?てか!どこ触ってるんだよっ!!」

「そいつが好きなのかい、夏目…」

ぎゃんぎゃんと騒ぎ出したヒノエを無視して空を見上げると、少し、雲が多い気がする。
そろそろ出掛けなくてはいけない時間なのに。

「雨、降らないよなぁ」

「本当に楽しみにしてるんだねぇ」

「だからー!」

茶化すように絡んでくるヒノエに唇を尖らせる。

「はいはい。雨は大丈夫さ、降らないよ」

「そうか、よかった。じゃあヒノエ、行ってきます」

「って、夏目…お前どこまで星見に行くんだい?」

リュックを背負った上にトートバッグまで持った夏目にヒノエは呆れた声を出す。
もちろん、どちらの鞄もはち切れんばかりに荷物が詰まっている。

「田沼の家だけど?」

「山に登るでもあるまいし。そんなに荷物いらないだろう?」

「ほら、寒くて風邪ひくといけないから毛布!あとは、腹減るだろうからお菓子と温かいコーヒーと…」

ガサガサと中身を披露していた夏目が手を止め、先程見付けた冬の星座の本にも触れる。
柔らかなその表情は無意識だとヒノエは知っていた。

「気を付けて行っておいで」

優しい声で言ってやると夏目は嬉しそうに手を降って家を出た。

「まったく…嬉しそうな顔しちゃって。妬けるったらないよ」



*****



遠足って、きっとこんな気分なんだろうな。
約束の時間には十分間に合うのに、駆け出した足を止められない。
ワクワクしてるのは星を見るのが楽しみなのか、田沼に会えるのが嬉しいのか…
分からないまま、白い息を吐いてただ、走った。


「田沼!お待たせ!!」
【世界で1番怖いもの】



「巣山はさぁ」

会話の間に出来た沈黙に、ずっと何かを言いたそうにしていた栄口がようやく口を開いた。

「怖いものって何?」

さっきの阿部と三橋を少なからず引きずってるな。

「怖いものか…改めて考えると結構あるかも」

野球のこと。
学校のこと。
家族のこと。
これからのこと。

…栄口とのこと。

でも、それらは怖いというよりは不安なのかもしれない。


「オレはね、巣山」

栄口は真っ直ぐを、でもどこか遠くを見ているようで、

怖い

なぜかそう思った巣山は指先が冷たくなるのを感じた。


「嫌われるのも、どこか遠くへ行かれるのも、辛い思いするのも、怖くはないんだよ」

もちろん嫌だけど、と栄口が付け足したので巣山はなんとなくホッとする。

「嫌われても、遠くに居ても、辛くても、生きててくれればそれでいいんだ」

「栄口…」

「オレは、人が死んじゃうのが1番怖いよ」


栄口の母親は、栄口がまだ小学生の頃に亡くなったと聞いた。
今でこそしっかり者で皆に優しく頼りにされる栄口が、その時どんなに怖い思いをしたのか…
その思いを隠して笑うのは、どれほど辛く苦しいことだろう。


巣山は左手を強くぎゅっと丸め、右手で栄口の後頭部を優しく押さえる。
怖い思いをした分、自分に甘えてくれればいいのにという願いを込めて丸く柔らかで愛しい額にキスをした。

頬を赤くしてポカンとした栄口が、はにかんで巣山の手を取る。

「桐青と試合した時さ、巣山オレの手握ってバントできっぞって言ってくれたじゃん?」

「あぁ」

「オレあの時思ったんだけどさ…」

「ん?」

「巣山がこうしてくれてたら、オレ、怖いものなんて何もないよ?」

「!!」

心臓がバクバクと音を立て今度は巣山の頬が赤くなる。
えへ、と笑う栄口が可愛くて可愛くて、握る手に力を込めた。


それで怖くないのなら、いつでもいつまでもオレはこの手を離さないから。

【世界で1番怖いもの】



「追いかけろ」


真剣な泉の気持ちを読み取った三橋が走り出し、部室は気まずい静寂に包まれる。


「水谷、ほんっとバカ」

気まずい空気を断ち切るように放った泉が先程の真剣な表情ではなく、ウンザリとした表情をしていたので、これは大事ではないと感じた栄口が
「ほら!みんな、もう帰ろう」
と促した。



ワラワラと連なって部室を出る。
別れ際にポンと肩を叩かれ
「お疲れ、泉」
と栄口が笑った。
「お疲れ」
言い返して手を振ると、栄口は寄り添うように立っていた巣山に微笑み、二人は泉と反対方向へ自転車を進めた。

栄口が向けた笑顔が、自分と巣山に対して違う事を今更疑問には思わない。
ただ、自分もあの男の前ではあんな顔をしているのかと思えば何とも言えない気持ちになった。

ふう、と溜め息をついて自転車を走らせる。
とりあえず栄口の「お疲れ」の意味は、あの場を上手く丸めた事にだろう。


三橋の気持ちも、
阿部の気持ちも、
オレは分かる。


世界で1番怖い思いを、オレはすでに体験している。


あの夏の暑い日、肘を押さえマウンドでうずくまった浜田。

「野球、辞める」泉の目を見ずに、そう告げた浜田。

家のゴタゴタで見ているこちらが痛くて辛いくらい荒れてしまった浜田。

泉が世界で1番怖いのは、浜田が辛い思いをすることなのだ。

笑うな、辛いなら泣け!!
いつだって無理して笑う浜田。
その度に泉は自分がぐしゃぐしゃに泣きながら、そう怒鳴った。



昔の事を思い出していると背後から間の抜けた声がした。
「おーい!いーずみー!!」
バイトが終わったばかりだというのに、急いで自転車を走らせた浜田は泉に追い付きニコニコと嬉しそうにしている。
さっきまでバカみたいに散々思い出していた相手に、なんだかムカついてきた泉は意味もなく浜田の背中を平手で叩く。

「いってぇー!!何だよ、泉!ひでーよー!!」

「うるせー!」

「どした?練習で何かあったのか?」

いつだって浜田は泉を心配してくれる。
同じように自分だって浜田を心配してるけど、意地っぱりな性格を自覚している泉は正直に言えない。


「ほんとに大丈夫か?泉が辛いとかしんどい思いしてんの、オレ嫌だからな?」

ああ、もう。

泉は自転車を止めて、浜田に歩み寄る。

「い、ずみ…?」

別にいい。

自分が、どれだけ浜田が辛い思いをすることが怖いか。
どれだけ浜田を心配しているか。
どれだけ、浜田のことを好きか。

浜田はそれを知らなくても、同じように自分を心配して好きでいてくれる。

それで、いい。

浜田の肩をぐっと掴み、そっと唇を合わせた。

「バーカ」

真っ赤な顔で口元に手を当て放心している恋人に背を向け、再び泉は自転車を走らせる。
同じくらい真っ赤になっているであろう頬には気付かないフリをして。


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あー、泉くん書きやすい(笑)
次はスヤサカ!
そんで夏目友人帳リレー小説!!