8月後半から仕事が忙しくなってだいぶ間があいてしまいましたが、
「海」にたいする思いは健在なので、
続きを書くことにします。
東京湾のことを書いていましたが、もう少し視野を広くして、日本にとっての海を思ってあれこれ調べているうちに、
外国の本や古典にも興味が湧き、「魏志倭人伝」に行きつきました。
魏志倭人伝(ぎしわじんでん)
中国の歴史書『三国志』中の「魏書」第30巻烏丸鮮卑東夷伝(うがんせんびとういでん)倭人条の略称[1]。当時、日本列島にいた民族・住民の倭人(日本人)の習俗や地理などについて書かれている。当時の倭(後の日本とする説もある)に、女王の都する邪馬台国(邪馬壹国[5])を中心とした国が存在し、・・・
<WikiPediaより>
当時の中国人から見た日本の姿が述べられているわけですが、
3世紀ごろの日本はまだ文字がなく、自国の書物がないので国内の様子については謎で、
外国の書物であっても文字の記録として唯一残っているのがこれだそうです。
どちらかというと邪馬台国、卑弥呼についての記述が注目される「魏志倭人伝」ですが、
私は時折出て来る日本の地理、風俗や生活状況についての方が、大変興味深く思います。
「魏志倭人伝」
出だしの部分の日本語訳は
倭人は帯方郡の東南、大海の中にある。山がちの島に身を寄せて、国家機能を持つ集落をつくっている。
大海の中にある 私はこの言葉の響きがぞくぞくするほど魅力的で、何回読んでも飽きません。外国人から見ると日本は、海の中に山があるような国なのかもしれない。
読み進めていくと、土地の地理や人口などの記述が出て来る部分があります。その一つに
海を渡ること千余里で、マツラ国に至る。四千余戸があり、山と海すれすれに沿って住んでいる。草木が盛んに茂り、行くとき、前の人が見えない。魚やアワビを好んで捕り、水の深浅にかかわらず、皆、もぐってこれをとっている
とあります。
マツラ国とは、現在の佐賀県東松浦軍のことと推測されるそうですが、
山と海すれすれに沿って住んでいる、縦長で細い国土、日本は、ただ住んでいるだけで
海も山もあたりまえのように存在する。
日本人にとっては海も山も近くにあってあたりまえのことで気が付きませんが、外国人から見ると顕著な特徴であり、恵まれていることと映ったのでしょうか。
興味深いですね。

「魏志倭人伝」についてWEBでたくさんの解説が公開されていますが、
詳しく専門的であればあるほどほど読み応え、視聴の手ごたえがありますね。
外国人が書いた遥か昔の日本の姿で、漢字の読み方も推測で、解釈もたくさんあるところが想像を掻き立てます。