前回の続きです。
すぐそばにある海を、私が長いこと認識できなかったのは、
そこに美しさ、清らかさや、
心地よい波の音、
あるいは生命の根源を感じさせる雄大さのようなものが、
失われていたからだと思います。
ですがそれらのものは、ほんの80年前くらいまでは、あったはずなのです。
いつもベランダから見ている
埋立地に建てられた倉庫や、
向こう側のみなとみらいの高級ホテルやビル群に
海の気配を感じるのは、とても難しいことでした。
「海を感じたい」
という気持ちに、翻弄されるようになりました。
せめて写真でもあるといいのにと思って探しましたが、
埋め立て以前の横浜港・東京湾が写っているものは、
なかなか見つかりません。
それで、古きよき時代の東京湾が出て来る紀行文や旅行記、風土記を探して
読みあさったりしました。
本は3冊買いました。その中で「イザベラバードの日本奥地紀行」
というのがあります。
明治11年に日本を訪れた英国の旅行家・イザベラバードによる紀行文で、
外国人の目で見た当時の日本の風景が、率直でこと細かに描かれていると注目されている作品です。
数ページ読んだところで、何年か前に音声ドラマ化して放送されたものが、YouTubeに見つかりました。
音声で聞いた方が楽なので、そちらを先に聞くことにしました。
イザベラが船で日本に到着するところから始まります。
出だしに「江戸湾を北上して」とあり、
富士山を見ながら横浜港に到着した様子が、
波音や人の歓声とともに、音声で朗読されています。
その後鉄道で横浜駅から品川まで行く道中、
汽車の走る音とともに
「右手には青い海があり、要塞化された島が浮かんでいます。
木々の植わった庭園があり、幾百もの漁船が・・・」
という言葉が語られた時、
初めて「海が見えた」と思いました。
この紀行文によって、私の心の中にあこがれの美しい東京湾が出現し、
目に見える景色がなくても、海を感じ取ることはできる、
と知ったのです。

