投渡堰(なげわたしぜき) | Message

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自然から受け取ったメッセージを中心に発信していきます

 

多摩川上流には、行ってみたいところが何か所かあって選択に迷ったが、

 

やっぱり羽村堰が欠かせない。梅雨の晴れ間に行ってきた。

 

 

羽村堰は、多摩川から上水(飲料水)として取水している堰のひとつで、

 

江戸時代の1653年にここを取水口として玉川上水が引かれ、江戸住民の生活用水として使われるようになり、

 

さらに関東平野への分水路も造られて、江戸の農業発展の基礎が築かれた。

 

江戸にとって、偉大な堰である。

 

 

 

河口から54キロ。赤丸が撮影地点だ。

 

 

 

ここが玉川上水の出発地点だ。思ったより広くて水もたっぷりで、

 

勢いよく音をたてて、波々と流れている。

 

 

水の流れを見ていると、多摩川を一度せき止めて玉川上水がわに流し、余分な水を多摩川に戻しているのがよくわかった。

 

見た感じでは、かなりの分量を多摩川に戻している。

 

雨の日の翌日だから、水が多かったのかもしれない。

 

 

羽村堰は、固定堰の部分と可動堰の部分で構成されている。

 

可動堰の部分は大雨による洪水で水門が破壊されないよう、投渡堰(なげわたしぜき)という仕組みで作られている。

 

 

堰の支柱に丸太や木の枝、砂利などを柵状に設置して作られており、

 

増水時にこの部分が流されるようになっていることで、堰の決壊を防いでいる。

 

江戸時代に作られたものとほぼ同じ仕組みで、今でも稼働しているそうだ。


 

よく考えれば増水時は、多摩川はもちろん玉川がわにも大量の水が注がれるので、

 

わざわざせき止めて、振り分けたり戻したりする必要などないわけだ。

 

 

丸太や木の枝・砂利という、もともと自然界にあるものは、

 

たとえ流れても自然を損なわない。

 

 

すべてをコンクリートで固めるような強固なものと違って、自然を生かしたソフトな仕組みである。

 

最新式という感じはしない素朴なものだけれど、

 

優れていると認められ、受け継がれる理由がよくわかる。

 

 

羽村取水堰は、土木学会推奨土木遺産に認定されているそうだ。