大自然の循環「大地による再生」 | Message

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自然から受け取ったメッセージを中心に発信していきます

前回の続きです。

 

スサノオが登場する場面で見逃せないのが、大気津比売神(オオケツヒメノカミ)とのエピソードです。

 

漢字にすると長いので、オオケツヒメと呼ぶことにします。

 

彼女は食物の神です。

 

イザナギとイザナミの娘でもあるので、スサノオにとっては年の離れたお姉さんにあたります。乱暴狼藉を働いて高天原を追放になったスサノオは、このオオケツヒメのところに「何か食べさせてください」と訪れました。

 

そこで彼女は食事の支度にとりかかります。

 

食物の神なので、食材を自分の体から取り出すことができます。口や鼻、お尻からお米屋大豆や小豆、野菜などを取り出して調理していきます。その場面を見てしまったスサノオは驚いて、 

 

「なんと汚い、これを私に出すつもりなのか?」

 

と、剣を抜いて、オオケツヒメをバッサリとやってしまいます...

 

...屍となったオオケツヒメの頭からは蚕(かいこ)がうようよと生まれました。そして体のあちこちの「穴」から、作物が出てきました。

 

目からは稲穂がふさふさと、

 

耳からは粟の穂がふさふさと、

 

鼻からは小豆の実を包み込んださやが鈴なりです。

 

お尻からは大豆の実が、

 

ほと(女陰)からは麦の穂がゆたかに垂れています。

 

この様子を見た宇宙の造化三神のうちの一人、神産巣日御祖命(カミムスビノミオヤノミコト)は、彼女の屍が生み出したこれらの植物を取り入れ、種として神々に分け与えました。その後穀物として、国中に広まったということです。

 

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スサノオは、ここで実の姉の命を奪うという過ちを犯しているわけですが、

 

物語の流れから見ても、それほど乱暴狼藉という感じはしません。おそらくそれはオオケツヒメが食物の神で、死後の肉体は土にかえって自然の恵みとなって戻って来るという、

 

「破壊と再生」という自然の循環に視点を当てて描かれているからだと思います。

 

 

死から豊かな実りが生じるという話は、ギリシアやヒンドゥー神話など、世界各国の神話によくみられるそうです。

 

人間の排泄物は、土の養分となって新たな自然の恵みを生み出します。生命を終えた肉体は、土にかえります。自然のサイクルの一環として行われているこのようなことを、わたしたちは化学の力に頼りすぎて、忘れてしまっています。

 

そういった未来の可能性を考え、「自然のサイクルを思い出すことができるように」と、過去の人たちはこのエピソードを神話に取り入れたのかもしれません。

 

 

 

それにしても、お尻や鼻の穴から取り出したものを食べさせるという、今の私たちにしてみれば「信じられないくらい汚い話」を、スサノオもちゃんと同じように思っていたというのは、親近感を感じますね。破壊と再生という、大自然の循環の物語にするために、またしても悪役をやってくれたと思います。

 

 

オオケツヒメの屍から生まれた穀物はいわゆる五穀の始まりとされるそうですが、日本書紀と若干の違いがあります。

 

稲・麦・粟・大豆・小豆(『古事記』) 

 

稲・麦・粟・稗・豆(『日本書紀』)

 

(Wikipedia:五穀より)

 

という感じで、という、今の私たちにはなじみの薄い穀物も入っています。

 

「稗や粟よりもゴマを入れたほうがいいんじゃないの?」と私は思うのですが、

 

日本で古代から食物とされていたものは、古くから土地に住み着いていた土着のものです。雑草に混じってそのへんに生えていたのかもしれません。

 

今の時代、稗や粟は家畜やペットの飼料として多く使用されています。ですが科学の力が使えないときや、天変地異で食べるものに不自由する生活になったときは、手をかけなくてもそこらへんに生えている、雑草のような穀物が強い味方です。

 

ゆたかな暮らしをしていても、長い歴史の中では何があるかわかりません。古代の人たちが神話の中に残してくれた「五穀」は、日本人が記憶の中に置いておく価値のあるものだと思います。