...前回の続きで、不思議な世界のことを書いています。
人間はもともとスピリチュアルな存在だということで、スピリチュアルという言葉は幅広く捕らえることができるのですが、
ここでは「不思議なものを見たり聞いたり感じたりする能力」をスピリチュアル能力と言うことにします。
人間が心のありようを整えて本当の自分に気付き、進化を果たすことにスピリチュアル能力は関係ない、と言い切っているのをときどき見かけてもっともだ、と私は思っています。
基本的な考えはそれなのですが、
ハイヤーセルフとつながったり、エネルギーの影響を受けたり、チャクラの状態を感じたりというところで、スピリチュアルなことが意識の上に上ってくる機会は多いです。
浄化を繰り返している心身の状況によって必要な能力は自ずと開けるわけで、それはスピリチュアル能力に限ったことではないので、
この能力のあるなしは魂進化の現在状況に関係ないと思います。
人によっては生まれながらにしてこの能力があって、私のように、子供の頃から不思議な世界を感じながら育っていることがあります。
意識開発を果たせば自ずと身につくものが開発途上の未熟な状態で身についているということは、
必要性があってそうなっているとともに人生の課題のようなものであり、乗り越えていく力をもともと持っていたり、それなりの守護がされて生まれてきているものだということを、今感じています。
「現実は幻想だ」とよく言われますが、それが本当なら、意識進化の途上で現実をいっしょうけんめい生きている状態で見えている「不思議な世界」も同じです。
自分の心のどこかにあるもの、波長が同じで引きあった不思議なものが現れてきます。
スピリチュアルな感覚は、肉体の状態と連動しています。私は体調がすぐれないときに未浄化霊の存在を感じることが多かった経験から、不思議な世界として感じられるものから、自分の状態を見分けることが、なんとなくできていました。
また、「不思議な世界を見る自分」を客観視することで、本当の自分の姿が見えてきたりもします。夢と同じで、不思議な世界は自分の思考が現れるのが分かりやすいです。
心で思っていることが現れているわけですから、思わなければ消えてくれます。よからぬ存在に惑わされて迷い道に入っていたとしても、自分さえ執着していなければ一瞬で修正できます。
このような感じで注意深く見つめれば、自分が求めているものや、心に隠し持っているものを見つけるヒントになる、現実生活と重ねて考えることができると思います。
・・・以上が私の経験から言える、「意識進化の途上に感じる不思議な世界について」です。進化が一定のところまで行ってものごとの本質を見えだしてからは、事情が別であると思います。
いろんな立場の人が自分の主張を持ちながら試行錯誤している部分であると思います。今まで書くのを避けていた内容ですが、今のタイミングで書いておきたいと思ってまとめました。
自分で選んでいる人生です。起こってくる全てのことが、本当の自分を知るヒントになります。
「さまざまなことをとおして自分自身を見つめる」ということを、
今このときだからこそ行う価値があると、私は思っています。
