普段の自分よりずっと奥にいるクリアと呼んでいる視点は、時間に関係なく物事を見ていると思います。
なぜそう思うかというと、
就寝中に見る夢も、クリアの視点です。夢の中ではどんな場所でも、どんな時代にでも行くことができます。
自分が子供のころにも夢の中で行けます。そのときの視点は幼い自分のものであることもあるし、その姿を少し離れたところから見ていることもあります。
まるで他人事のように。
また、巷でよく言われている「過去世」というものの記憶がわずかながらあるのですが、それもクリアの視点そのものです。
どんなに離れた時代だろうと、どこの国・惑星だろうと、覚えているものはすべてこの視点で、全てが同じような感じで、大昔のこともつい昨日のことも、同じくらいの鮮明さです。
時代・場所・すべてを越えた言葉では表せないほどの広さ・それがクリアの視点です。
それに比べて、自分として生きている今の視点は情けないほどの狭さです。肉体としての脳が覚えているのはわずかな分量で、ほとんどのものはものすごいスピードで忘れていきます。そして残っている記憶はすべて、クリアの視点なのです。
どの記憶が何のために残っているのかさえ、理解の範囲を超えています。自分のことなのに。
手中にあるものは、今現在見聞き・感知できていることだけです。「今」しかありません。
…「クリア」についてはこの記事で完結の予定でしたが、長くなってしまったのでもう1回です。次に続きます。
